それから、東敦子さんというオペラ歌手がいます。イタリアで活躍して、『マダムバタフライ』やなんかを歌った人です。でも、その人が口頭癌になられた。だけど、自分はオペラ歌手だから制癌剤を使うのはできないといって制癌剤を拒んで、どんどん、どんどん病気が悪くなるわけですね。それであと1ヶ月くらいというときに、ご主人とお嬢さんが一人います。その人を連れて、「私はどうしてももう一度大好きなギリシャの円形劇場に行きたい」とおっしゃって、その名前は忘れましたけども、そのギリシャの円形劇場までご主人とお嬢さんと3人で旅をして、円形劇場の場合、劇場のいちばん底のところが舞台で、その舞台で10円玉をチャリンと落とすといちばん上の席にいてもその音がよく聞こえるというぐらいローマ時代の人がつくったとっても音響のいい劇場なんですね。そこでそのお2人だけのために『蝶々夫人』の「ある晴れた日に」というアリアを歌って、それで帰ってらして1週間ぐらいで亡くなったんですね。やはり自分がいちばん聞かせたいと思ったその場所へお2人を連れていって、自分が大好きな『蝶々夫人』のアリアをお礼のためにご主人とお嬢さんに聞かせたということは、東さんにとってもとっても慰められることだったと思いますし、ご主人にとってもたいへんな慰めですね。
私はだから、クォリティ・オブ・ライフって、すぐお医者さまおっしゃるんですけどね、「人生の価値」というんですか、それはお医者さまが決めることではなくて、どんな荒唐無稽なことでも、その人その人のクォリティ・オブ・ライフってみんな違うんだと思うんです。だから、それが敏感にわかる人にお医者さまになってほしいんですね。
それで今、アンドリュー・ワイルさんというアメリカのお医者さまですけど、その方が去年講演なさって、アメリカでは今まで成績順にいい人を医学部の入学で入れていたけど、それは非常に間違っているということにみんなが気がついて、このごろは学科試験のほかに、この人がどれぐらい感受性があるかということをいろんなことで試験をして、それで入れるようにしているとおっしゃったんです。「だけど、残念ながら、本当をいうと、大学の試験を受けるときになってからじゃもう間に合わないんだよね」ておっしゃるんですね。小さいときから親といっしょに自然を見たり、いい音楽を聞いたり、いい絵を見たりして、ワイルさんは「スピリチュアルシャワー」とおっしゃる、霊的なシャワー、霊的に受けるシャワーですね、それを「たくさん受けて、心のなかにたくさんの宝をもっているような人に医学部のお医者さんになってほしいんだよね」っておっしゃいましてね、私は、さすがにやっぱりワイルさんだなと思って、そのときとても感心しました。