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そういう状況を見ながら、本当は優しいはずだったその方がご自分の生活を失ったゆえに家族に対して優しくなれない姿を見た時に、家族の方にも家族の方の生活のバランスが必要であるということをよく申し上げています。

ですから、病院で寝泊まりをされている奥様に、週に1回、テニスに行っていただいたことがありました。それがいちばん楽しかったとおっしゃって、「病院からテニスラケットを持ってテニスに行ってきていいんですか?」と言われたんですけれども、誰が行ったらいけないと決めたんだろうと思いました。家族の方が、最後に完結するまで優しくお気持ちを表現するための心のバランスというものを非常に大事に思った次第です。

それから2つ目は、私個人の考え方で随分アプローチをしてきた部分がありまして、家族から家族に告知をされている場合、そのご本人がそれを大切なこととして受け止められて、ご家族がおっしゃった事実がいいように生きていらっしゃるというケースを多く見ています。あるホスピスの患者さんの場合は、ホスピスで病状のコントロール、痛みのコントロールをいたしますと、自分は可能性があって元気になっていけるんじゃないかっていう思いをしばらくもたれることがあるんですね。そのときに、外泊、外出をすすめますと、「もっと元気になってから」「もっと調子が整ってから帰りたい」と、こういうふうにおっしゃるんです。

ご主人さまが先生から呼び出されて、「今がいちばんいいときだ。この時を逃すと外出、外泊が楽しくできなくなる」と説明を聞かれまして、本人に外出、外泊をすすめると、「もっと調子が整ってから帰りたい」とこうおっしゃったんです。ご主人さまがたいへん悩まれて、「わが夫婦は隠し事がなかったはずだったのに、自分がこの一つの事実を隠しているということにものすごい心が痛む」とおっしゃいました。2つ目は、それを知らないゆえに家内がいちばんいい時を逃すと、この2つをたいへん大事なこととして語られましたので、私が、「ご主人さまがおっしゃったらどうですか」というふうに申し上げたんです。病院で全部説明をしていただけるんじゃないかという甘えが私たちのなかにありますけれども、いちばんその患者さんを知っていらっしゃるのは家族であります。ご主人さまはそのとき迷われたんですけれども、しばらく自然なタイミングを見計らったようでありまして、あるとき奥様が「もっとよくなってから帰りましょうよ」とこうおっしゃったときに、ご主人さまが、「お前と俺とは隠し事のない夫婦だったはずだけれども、申し訳ない、一つ隠している」とおっしゃいました。「この間からときどき看護婦さんに呼ばれては廊下で出てるだろう。あれは先生から説明を聞いてたんだ。先生から今がいちばんいい時だ、これから少し時間が経つと少しずつ状況が変わってくる」という事実をおっしゃいました。奥様が目に涙をいっぱいにためて、ご主人さまに対して「本当のことを言ってくれてありがとう」ておっしゃって、翌日、外泊をしたというケースがありました。

多くの患者さんやご家族の方々が、最近、家族から家族へ、外泊中、外出中、または夜の静かな夕べのときに、奥様に向かって、ご主人さまに向かって、「本当は何なの?」て聞いておられて、事実が伝えられているということがあります。

 

 

 

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