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癌患者を家族にもっていちばん辛いことは、本当のことをきちっと言っていただけないことでございます。母の場合は、ずっと隠しておりましたので胆石の手術をするといって肝臓を開けましたが、そのまま閉めてしまった。石を見せろと言っておりましたが、ないわけですからよっぽど隣りの公園に行って拾ってきて見せようかなと思ったんです。しかしそれは最低の親不孝だと思いまして、やめたわけです。痛い痛いという息の下から、腹水がたまって、ヒーヒー、ヘロヘロしながら、その息の下から、「嘘ついてるんだろう」とこう言われるわけですね。父も私も弟も、病院に行ってもなすすべがない。病室の片隅に頭をかかえて座っているというような状況で、死ぬまでの間まともな会話ができないで、そのまま見送ってしまいました。最愛の家族と嘘をついたまま別れるという結果を迎えるわけです。これはたいへんな高齢者であるとか、さまざまな条件では原則以外のものもあると思うんでありますが、母はそのとき46、7歳でありましたので、やっぱりきちっと話をして受け止めてもらって最後の時を過ごせたのではないか。たとえパニックになろうと、それのほうがよかったのではないかというふうに思うわけであります。

もう一つ、家族として辛いことは、肉親が死んでゆく過程に主体的にかかわれないことでございます。今、加藤さんがおっしゃったように、手を握っているのに、「血圧を測らせてくれ」というようなかたちで、これは看護介入という言葉が私はいけないと、さかんにあちこちで言っているんですが、介入しないでいただきたいんですけれども(笑)。死ぬ過程にどのように家族がかかわったかによって、あとあとの後悔とか悲嘆に影響すると私は思います。自分が仕事をもちながら、これだけのことをやったんだという気持ちを悔やんだり、悲嘆したり、そういうことがないのではないかなというふうにつくづく思っております。

当時は静岡県の浜松というところで働いておりましたので、父の入院している埼玉の病院まで毎週金曜日の夜になると車で 350キロぐらい走りまして、病院に2泊して、また日曜の夜に帰ってくるというのをずっと続けたわけであります。もしあれをやっていなければ、いまごろこんなところでとても人前では話せない。気持ちの整理ができなかったと思います。

なかなかうまいぐあいに言えないんですが、まず本当のことをちゃんと共有していく。告知という言葉も、私は大嫌いでして、偉い人がいと高きところからものを言うようで使いたくないんですが、真実をちゃんと告げる。真実に基づいた医療をすることと、その過程に家族もいっしょにかかわれるようなかかわり方、最低この2つは家族にとってはたいへん重要なことで、なによりも亡くなられていく患者さんにとって大事なことなのではないかなと、私はたった2回の経験でありますけれども、そんなことを感じております。

松島 ありがとうございました。

和田さんは、そういうご家族のつらさというものにまさに毎日直面されていると思いますが、何かご意見いただけますでしょうか。

和田 ホスピスでは、ケアの対象は患者さんだけではなくて、患者さんとご家族を一つとしてとらえるというふうに考えています。入院してこられたときに、ご家族にも「私たちナースの役割は、ご家族のケアをすることも入っています」ということをきっちりお話しています。入院されたときに先生から病状についてご家族の方にも説明がいくんですけれども、そのあとにご家族の気持ちをうかがうというふうなことをケアの一つとしています。

患者さんが残された時間をその人らしく生きるためには、今までいっしょに生きてこられたご家族の存在が欠かせないものになるのではないかなと、私自身は考えています。ご家族が十分患者さんにケアができるようにサポートをしていくことが、看護婦の大きな役割ではないかなと考えています。

 

 

 

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