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次は、「生きがいと希望の探求」です。ホスピスのように、生きる時間が限られていると感じる場では、だれでも自分の人生の意義は何だろうとか、生きがいは何かと深く考えます。生きがいについて私がいつも感動するドイツの哲学者にアルフレッド・デルプがいます。彼は反ナチ運動の精神的なリーダーでした。ヒットラーの命令で逮捕されて、37歳の若さで処刑されました。彼は死刑なる前にベルリンの刑務所でこういう美しい文章を残しています。「もし一人の人間によって少しでも多くの愛と平和、光と真実が世にもたらされたなら、その一生には意味があったのである」。これは現代の私たちにも自分の生き方を反省するための大きな刺激になりますね。

次に私は人生を締めくくる上で大切な6つの課題を指摘したいんです。第1は手放す心を持つこと。執着を断つということですね。

第2は、許しを得たり、許しを与えて、和解することです。日本の文化は和の文化でしょう。ですから、とくに日本人は内的な不調和を抱えたままでは素直に死を迎えることができないと思います。人を許せるのは自分が弱いからではなくて真の強さの証です。他者を許せない人は終わりのない憎しみと恨みの悪循環に支配されます。私たちは、過去の出来事を変えることはできませんが、許しと和解によって自分自身をより豊かなものに変えることはできるはずです。

第3の課題は感謝の表明です。英語でトゥ・シンクとトゥ・サンクはとてもよく似ていますね。ドイツ語でもデンケンは考える、ダンケンは感謝するで、よく似ています。つまり考えれば考えるほど、どれほどいただいたことが多いかとわかって、自然に感謝を表明します。第4はさよならを告げること。第5は遺言状を作成しておくこと。私は、たくさんの死別体験者に会いますが、何人もが同じことを言いました。いちばん辛いのは、親や夫が亡くなってから、財産のことで親戚どうしで裁判になるような争いが起こることです。ですから遺言を書いておくことは、遺族への最後の思いやりの表現でもあると思いますね。

そして、第6は、自分なりの葬儀方法を考えて、それを周囲に伝えておくことです。ドイツの新聞には死亡広告の欄があります。誰か亡くなれば、お香典という習慣はないんですが、お花代を贈ります。このごろ新聞に「お花代の代わりにこの銀行にお金を送ってください」と書いてあります。それはたとえばホスピスのためにとか、難民の子どものためにとか、ちゃんと目的が書いてあるんです。日本でもお香典は半分返さないといけないから、非常にめんどくさいですね。私はお香典について全国的な調査をやったんです。まだ公に発表したわけじゃないですけど、私の調査によりますと、ほとんどの日本人の家庭にはもう十分すぎるほどたくさんのタオルがあるそうですね(笑)。ですから、むしろ、そのお香典を全部ホスピスに寄付したらどうかと、提案します。ピースハウスでもいいし、聖ヨハネホスピスでもいいですね。そういうふうに私たちはいい目的のためにお香典を使うことができる、これも自分なりの葬儀方法として、周囲の人にちゃんと伝えておけばいいですね。

次に希望について考えますと、私たちの希望の対象は刻々に変化します。死に直面していても、私たちは必ず希望を抱いています。中世からつづく希望への祈りに「神よ、私に変えられないことはそのまま受け入れる平静さと、変えられることはすぐにそれを行なう勇気と、そしてそれらを見分けるための知恵をどうぞお与えください」というのがあります。人生には自分ではどうしても変えられないものがあります。しかし変えられることもあるんです。自分の生きる態度として、最後までどう生きるか、これは自分で選ぶことができるんです。

 

 

 

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