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私は最近、いろんな医学会で講義しますが、そのあとでよく「なぜ日本人は長生きするようになったか」という発表があります。ある研究によりますと、毎日泳ぐ人は6年間長生きできるそうですね。私も毎朝、上智大学のプールで泳ぎますから、プラス6年ですね。そして、毎日歌を歌う人はプラス4年だそうです。私も毎朝、泳いでから3つ歌を歌いますね。今朝はホテルでシャワーを浴びながら歌いましたが、普通は泳いでからです。それから、ユーモアのある人はプラス5年だそうです。ですから、この間全部計算しましたら、今のところ私は日野原先生よりも長く、137歳まで長生きすることになりそうです。これはすばらしいことですけれども、人生は、長さよりもクォリティ・オブ・ライフ、つまり生命や生活の質を大切にしたいですね。遅かれ早かれ、私たちは必ず愛する相手の死を体験したり、あるいは自分自身の死に直面させられます。私は、大切な講義の前には必ず厚生省のいちばん新しい統計を調べます。今日も調べてきましたが、それによりますと、現在日本人の死亡率は 100%だそうです。いくら私たちが延命を望んでも、いつかは必ず死を迎えます。

ですから患者のクォリティ・オブ・ライフ、生命や生活の質の改善を目指すための全人的なアプローチとして、音楽療法、読書療法、芸術療法、作業療法、アロマセラピー、ペットセラピーなどが、とくにホスピスでよく行われています。ホスピスで音楽療法は今とても、重要視されています。私たち人間にとってだいたい過去の美しい思い出や、幸せの日々は音楽に結びついていることが多いでしょう。皆さんもある子守歌を聞きますとすぐおかあさんを思いだしますね。あるいは結婚式のパーティでみんなが歌ってくれた曲などは忘れられないでしょう。ホスピスのなかでもうすべてに無関心になった患者のところへ音楽療法士が来て、好きな曲をいっしょに聞いたりすると、また美しい思い出がよみがえって来て、話すようになる場合が多いのです。音楽によって生き生きしたコミュニケーションが取り戻せるんですね。とくに日本人は音楽性の豊かな国民ですから、高齢者や病人のクォリティ・オブ・ライフを改善するために、音楽療法は大変効果的だと思います。

私は最近、ドイツで読書療法を少し研究しました。読書療法というのは本を読んだり朗読を聞いたりして、自分の体験をその本の主人公を鏡として、それに映すように見て考えるのです。ドイツ語ではシュピーゲル・フンクツィオン、シュピーゲルは鏡で、フンクツィオンは英語のファンクションです。読書療法には「鏡の機能」があるという意味です。自分の体験を本の主人公を通して見ることは、いろんな考える刺激になりますね。たとえば私はよくトルストイの『イワン・イリッチの死』を読書療法のテキストとして使いました。イワン・イリッチは病気で死ぬ前に一つのコペルニクス的な転回を体験します。前の考え方と正反対の考え方になります。前はいつも「私は他者から何を期待するか」としか考えなかったのに、突然「自分は他者のために何ができるか」と考えるのです。こういう人格成長のすばらしさにふれることも読書療法によって可能なのです。

私は1週間前にロンドンの聖ヨゼスホスピスへ行きました。ここでは、末期患者に日本の俳句や、詩をつくることを教えています。これは芸術療法です。それによって最後まで創造的に生きられるということはすばらしいですね。大勢の人、とくに男性は自分の感情を言葉で話せないことが多いですね。しかし俳句や詩の中でなら自分の本音を出せることがよくあります。ですから、芸術療法のようなアプローチも大切な方法だと思います。

 

 

 

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