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聖路加国際病院でも、以前は子どもは、なかなか親の入院している病室に入れないということがあったわけであります。これは非常にせまい意味で子どもの安全を考えてのことですが、いまは私たちも大人が死ぬときに子どもがそばにいることがどれほど親やそのおじいさんやおばあさんにも心の支えになるかということを考えるようになりました。死を子どもにも経験させる、そういうことが必要ではないかと私は思っているわけでございます。

ホスピスというのは、ただいま西澤常務もご説明になりましたように、中世において巡礼をして寺院を訪れるときに、くたびれてそこで休んだり水や食事を無償で与えてくれるところ、四国巡礼の霊場と同じようなサービスを寺院がやったことから、そのような場所をホスピスといったわけです。

四国には、88の霊場があって、徳島から始まってこの香川県の大久保寺が最後、双六でいえば上がりというその結びのお寺がこの香川県にあると聞きましたが、つまり四国には88カ所のホスピスがあったのです。中世の欧州と同じようなことがこの地でも行われていて、そこで、今日はこのような講演会ができるというのは素晴らしいと思うわけであります。

そしてまた、今から10年以上前から、私は香川県立中央病院の泌尿器科の朝日俊彦先生といっしょにターミナルケアの研究のために海外の調査に行ってまいりました。ホスピスも四国には少数でありますけれども、そのような研究や学びの努力が徐々にこの地にも根づいてきているのは喜ばしい限りです。

さて、ホスピスという言葉は、ホスピティテュームというラテン語からきたものでありまして、そのホスピティテュームというラテン語は「もてなすところ」という意味です。巡礼者をねんごろにもてなすところをホスピティテュームといったわけであります。そしてホスピスという言葉からホスピタル、病院という言葉ができた。そして、一方では、健康な人をもてなす、収容するところがホテルといわれるようになった。それから、長期滞在のホテルはホステルというようになりました。

ホスピス、ホスピタル、ホテル、ホステルに共通なことは、ホスピタリティという「もてなす」ということです。関係がない人でも、また外国の人でも差別しないでもてなすということがこのホスピティテュームの意味であった。ところが、ホテルはサービスをしないとお客さんが入らないから一所懸命ですけれども、ホスピタルになると患者さんが「どうぞ入院させてください」と頭を下げて入るわけですね。病人は、はじめから卑屈になっているのです。医師は高座からものを言うようになっているわけですが、これはホスピタルの精神であるホスピタリティが生かされていないということです。日本の病院やその他の施設は、この原点のホスピティテュームに返らなくてはならない、こういうように思っているわけであります。

ホスピスができましたのは、いまもお話したように1880年ごろ英国のアイルランドのダブリンにできた聖母ホスピスがそのはじめのものでありますが、その後、近代的なホスピスができたのは1967年、今から33年前に最初の独立型ホスピスが英国の郊外のスデナムというところにできました。セント・クリストファーズ・ホスピスといいます。看護婦の資格をもって働き、ソーシャルワーカーの資格をもち、30を過ぎてから医学校に入って、シュバイツァーと同じように中年になってからお医者さんになったソンダース先生が作られました。癌になった40歳の患者さんが、どうか痛みを止めて平安に最後が迎えられる場所としての施設をつくってくださいと言って、小額のお金を寄付したのですが、このお金、たしか 500ポンドばかしのものだったと思いますが、それを「ホスピスの窓の一つに使ってください」と言った、その彼との約束を守って、十何年もたってからホスピスをつくったのです。

 

 

 

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