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私たちの人生も、その瞬間が問題ではなくて、その終わりをどのように平生からレイアウトして、そして最後のときを迎え、そして私たちが全力で戦ったことに対する意味を自分で感じながら、自分はこのようにして生きてきてよかったなということを、自分自身に感謝をするような気持ちで、愛するものに言葉を残して亡くなることができれば、まさしくこれは有終の美である。「死」が敗北ではない、こういうふうに思うわけであります。

医学は随分進歩しています。そしてこれからますます進歩しますと、何が起こるかというと、日本人だけでなしに、すべての多くの医療を受けている国の人々が長生きをします。そして長生きをするということは、最後には病んでそして長く介護を受けながら長生きをするということになるわけで、これが、医学の進歩のもたらそうとしていることであります。

医学は、必ずしも健康な寿命を延ばすのではなしに、とにかく息を続け、心臓を打たしている寿命を長くするわけでありますので、生産人口である16歳から64歳の人口が、これから減る一方であるのに、それに対して20年後にはその上に依存している65歳以上の人の数が増える。そして65歳以上のうちでもとくに75歳以上の人が増えるということですから、日本の医療経済はパンクすることが決まっているようなときに、ここに今日集まっておられる健やかな75歳以上の人は、平生から自分のからだをコントロールしながら、なお生産人口として、この日本の国民を支えるように元気な人生を歩んで、そして最後の死の瞬間を、私たちは余裕をもって迎えるというように私はみなさんにお願いしたいわけであります。

私も来年には90になるのですが、まさか私が医学生のときには90まで臨床活動ができるなどとは考えておりませんでした。私たちの将来というものは、何が起こるかということが予測できないのです。予測できないのだけれども、私たちのめざすところは、やはりそれに向かってそのゴールには達することができなくても、その最後は私たちの体がゴールの方向に向いたままで倒れる。これが有終の美なのです。アルプスのめざす最後の山には登りきれなくても、ザイルで結ばれた友だちといっしょにそこを見つめているという姿勢、それが私たちの人生であって、私たちの死というのは瞬間ではなくて、そのめざすものへの方向性と、私たちの態度が私たちの死までに問われるのであるということであろうと思います。したがって、どう死ぬかということは、どう生きるかということとまったく同じことであるということを、私はお話ししたいわけであります。

あの天才といわれるダ・ヴィンチが若い人に対していわれた言葉に、「十分に終わりのことを考えよ。まず最初に終わりを考慮せよ」というのがあります。若い人ははじめに終わりを考えなさい、いつもゴールを念頭におかなければならないということです。そして若い人が終わりに向かって歩むときに、苦労をして生きてきた先人から学ぶことがたくさんあるということ。その高齢の人から学んだものというものは、それは文化として、その次の時代に引き継がれていく。日本の文化のなかでも、素晴らしい文化と、あまり誇れない習慣からなる文化がありますが、私たちはよき文化を次の時代の人に伝えたい。それはやがては死んでいく高齢の人の、これはひとつの義務ではないかと思うわけであります。そして、何がよい文化か、何がよくない文化かを識別する知恵を、経験のあるお年寄りから聞き、伝えていかなければならないと思うわけでございます。

 

 

 

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