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また、1996年より発足した日本財団ホスピス研究会の委員長をお引き受けいただいてもおります。なお、昨年、内科学、および看護教育の分野で文化功労者に選出されていらっしゃいます。『死をどう生きた』や『生きることの質』など、数多くの著作をお持ちでもいらっしゃいます。

本日は、「人生に有終の美を――生き方の選択――」と題してご講演いただきます。それでは日野原さん、よろしくお願いいたします(拍手)。

 

[講演1]

「人生に有終の美を――生き方の選択――」

講師:日野原重明

 

ただいま、私を紹介していただきましたが、私はあと2週間で歳が一つ増すのです。今日は88歳の最後の講演をすることができることを非常によろこんでおります(拍手)。

今回は、日本財団主催の「『死』を想え」というテーマの講演会で、デーケン先生とご一緒に講演することができますことは、非常なよろこびでございます。

ここに来られた方は、きょうの午前中、シドニーのオリンピックで高橋尚子さんが女子マラソンで、金メダルを取ったシーンを目にして感激されたのではないかと思います。高橋さんはふだんと変わりないペースで、スタートのときには先頭のグループに入らなくて遅れていたのに、18キロのところから予定どおりペースアップをして先頭にきて、その先頭を保ちながら途中3〜4回ちょっと振り向いただけで、自分のペースを信じて最後の競技場に入られましたね。監督の小出さんは、金メダルを取ったら死んでもいいという気持ちだといっておられます。けっして自殺はされないと思いますが(笑)、しかしあの淡々とした顔ですね、マイペースをずーっと続けられたその陰には、42キロのコースではなしに、それよりも長いコースを目標として、そして訓練に訓練を積まれた。自分のめざすものに対して、これだけほんとうに命をかけてトレーニングをするということは、まさに人生の生きかたそのものであって、スポーツマンシップというのは、まさしく私たちの人生においても学ばなくてはならない大きな哲学を語っているのではないかと思うわけであります。

私はあれを見ながら、最後にもう心臓のすべての力を使い尽くしてゴールとともに倒れるような選手も過去の歴史にはいたわけですが、高橋さんはすぐに普通のペースで歩かれたのでね、すごいトレーニンングの力だなということを私はほんとうに感心したわけであります。私は62年間内科医として心臓を主にやっておりましたから、あのときに心電図を撮らしてもらったら(笑)、心臓の限界が科学的に実証されたのではないかという、今日流行っているエビデンス・ベースド・メディスンの一つの例になったと思ったわけであります。私がいまから30年前にあのハイジャックされた飛行機よど号で四日間、拘留されたときにも、ハイジャックの宣言をされたその瞬間に、あ、これは大変だと思って、まず自分の脈を診ました(笑)。その次には隣にいる女性の脈を診たかったのですが、どうもこれができなくて、いまでも残念な気持ちでありますけれども(笑)。私はあの高橋選手の最後に余力をもってゴールインをされたその姿には、まったく感心しました。私たちも生涯の最後まで走り続けるのではなしに、余力をもって生涯を終えるのが本当の生きかたではないか。そういう意味で余力をもった人生というものは、有終の美として、いつまでも人の心のなかに、あるいは歴史のなかに残されるものではないかということを思いました。

 

 

 

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