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で、快適であるということは選択の幅が多いということと、自分が選択できるということだと思います。で、病院のなかで自由を得るためには自分で選択できるものがいかに多いかと。ですから、患者さんが選択していく。そのときに私たちは「これはだいじょうぶですよ」「これはだいじょうぶじゃないですよ」ということを話しあっていくというふうにできるだけしております。

ですから、これは今の現代の日本の社会とも一致していると思うんですけども、与えられることに慣れてしまってて、自分で選択をして、そして選択したことに自分が責任を取っていくということが非常に弱いもんですから、医療者側にまかせてしまう。そしていい医療じゃなかったときに、ま、もちろんそこに説明をしっかりしないといけないわけですけれども、自己選択ができるというような雰囲気をつくっていくことが大切ではないかなというふうに思います。

 

永石 今、堂園さんはホスピスの診療所でベッドをもちながら、片一方でデイケアといいますか、自宅から来てもらって、日帰りで診ておられる、さらには自分から自宅のほうに出かけていって、往診というかたちでされているということをされている立場から、そういう遠藤さんが言われる患者にとってやさしい医療というのが、ホスピスだからできるのか、一般病棟ではできないのか、また、在宅でも堂園先生みたいに片道1時間半ぐらいかけて往診に行かないとやれないのか、そこらあたりはどういうふうにお考えですか。

 

堂園 患者さんにとってやさしい医療というのではなくて、患者さんがどういう医療を望むのかと。それを実現させてあげることがいちばん患者さんにとってやさしい医療ではないかと思います。それがたとえ1時間半かかる距離で、本人が自宅に行きたいというのであれば、それはそれを実現するために努力をします。

ただ、近くの隣りの……アメリカで最近、ネーバーフット・バーと言って、お隣りのバーが流行ってる、家で食事をして、食事が終わって、ちょっと隣りのバーに奥さんと行こうかとか、仲間と行こうかというようなバーだそうですけども、隣りにそういう診てくれる医療施設があれば、やっぱりそれがいちばんふさわしいと思います。そしてセンターとなるホスピスと地域の診療所とが連携をとって、絶えず困ったことがあればセンターのほうのホスピタルに相談して、できるだけ隣りのいつもの風景のなかで生活できて、死を迎えられればいちばん理想的ではないかと思いますけれども。

 

永石 遠藤さんは、今回は癌というかたちではなかったんですけども、冒頭に私が申し上げましたように、最近の死因のトップが癌ということですけども、そうしたときに告知の問題というのは大きな問題じゃないかなと思うんですけども、今、ホスピスでいろんな患者さんを診られていて、その告知の問題というのはどういうふうにお考えでしょうか。

 

 

 

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