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自分の過去の人生はすべて失敗だったと思い込んで「ああ、私は何もできなかった」とか、「ライフワークを実現できなかった」と悲しむ人がいます。そういう人をやさしく励まして、もっとその人の過去のすばらしさを意識させることはいいと思いますね。過去の人生のハイライトの写真を持って来てもらって、それについての話を聴いて、「ああ、それはすばらしかったでしょうね」とほめて励ますということもターミナルケアのなかでとても大切なことですね。

日本人は世界的にみても音楽的センスに恵まれている国民です。音楽療法によって、その長所を生かすようにしたいですね。

読書療法にも同じような効用があります。読書療法はドイツ語で鏡の機能があるとよく言われています。つまり、ある文学作品を鏡として、自分の心や過去の体験を鏡に映すように見ることができるんですね。そしてその主人公の心理や体験を通じて、治らない癌だと知ったときにどう対応したか、それからをどう生きたかというふうに、そこから学ぶことが多いんですね。ですから、たとえばもう末期患者が自分で本を読めないなら朗読して聞かせることもできます。字を読めなくなることも多いんです。これもクォリティ・オブ・ライフを改善するための一つの新しいアプローチですね。

クォリティ・オブ・ライフを高めるためにいちばん大切なのはコミュニケーションです。末期患者であっても、自分の悲しみや苦しみについて話すことができれば、「共に喜ぶのは2倍の喜び、共に苦しむのは半分の苦しみ」になりましょう。ドイツ語で「 Geteilte Freude ist doppelte Freude , geteiltes Leid ist halbes Leid.」です。たとえばいくら苦しい体験があっても、それについて話すことができる、傾聴してくれる人がいる、ということになればクォリティ・オブ・ライフは高くなります。私の死の哲学を受講している学生のなかでも、毎年誰かの父親が亡くなることがあります。一例をあげますと、私の研究室に来た学生に、「田舎の父親が、癌だとわかりましたが、医者は告知しない方がいいと言います。どうしたらいいですか」と尋ねられます。私はそういうときには、まず家族のなかでよく話し合ってコンセンサスをが出すようにしてください。そのうえでやっぱりおとうさんに言ったほうがいいということになったら医者に告知を頼み、みんなでおとうさんを支えてくださいと言います。やがて、夏休みが終わると、またその学生が私の研究室に来ますがもいます。「先生、先週は父の葬式で欠席しました。父と過ごした最後の夏は非常に貴重な体験になりました。今まで知らなかった父を一人の人間として知ることができました。ありがとうございました。」と感謝されます。本当に大人どうしとしてのレベルで話し合えたんですね。その思い出は子どもにとって貴重な宝物になるとともに父親にとっても最期の大きな喜びになったとおもいます。

 

 

 

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