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私はいつも冗談に、医学生や看護婦さんになるのは、死なない程度の病気をやってほしいと言っています。聖路加看護大学の学生にアンケートで「歯が痛いという経験をしましたか」と尋ねますと、ぜんぜん歯の痛い経験をしたことのない人のほうがはるかに多いのです。それでは痛みを訴える患者の看護などはできないわけですね。ですから、皆さんは病気になったり、怪我をしたりしたときに、これは私に感性の高い人間となるのに大切な試練なのだというように考えなくてはならない。

そうして、私たちは、最後に大きな経験をする、それは死の経験です。死は誰もが避けることができないということを考えなくてはならないわけでございます。

死といっても、今言ったような天災による死や戦争による死というのはなかなか避けることができませんが、事故による死は注意をすることによってかなり避けられるということ、それから事故によって人を傷つけるというような悲惨な経験も避けるような教育を、小学校のときからしなくてはなりませんが、それ以外の死は、先ほど申しましたような、3万人も自殺をするというようなことは何とか少なくならないかということを考えなくてはならない。

ついこの間は評論家の江藤淳さんでさえも自殺された。あの方を支えるものが何かなかったかと思うわけですね。愛妻慶子さんを失って、本当にどうしようもない気持ちになって、自分がまた病気になって、そして著作もしにくいような状況になったら、人間として生きる意味はないということで自決をされたと遺書を残されました。私の第三高等学校の2年下の田宮虎彦さんも、愛妻を失った後、脳梗塞をやり、そうして執筆ができなくなったので、青山のビルから飛び降りて亡くなりました。やはり共にいてあげる人がいなかたからでしょう。病む人、死が近いような人には、共にいてあげることが必要です。ですから、このホスピスや緩和ケア病棟では、看護婦さんと共にボランティアの人がいつもそばにいてあげて、マッサージをしたり、あるいは患者さんが話されることをただ黙って耳を傾けてあげるだけで孤独感がなくなる。人間は孤独になるとうつ状態になって、自殺したくなったりします。うつ病のなかには、孤独という環境が病気を悪化させることもある。そういうことを考えますと、病む人と共にいる、そばにいてあげるということも大事なことなのであります。

昨年の9月の終わりに、シシリー・ソンダース先生と対談をするために、2日間、英国にまいりました。

 

 

 

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