日本を含め、西太平洋地域では広範にオニヒトデ駆除が行われてきた。しかし、それらの効果については評価が分かれている。つまり、駆除せずともオニヒトデの密度は低下したであろうという見方もなり立つ。沖縄における慢性的なオニヒトデ発生についても、Yamaguchi(1986)は間引き効果の結果であるととらえた。つまり、高密度で存在するオニヒトデの個体数を間引くことにより、サンゴ礁に残ったオニヒトデは競争者が少なくなり十分な餌を得ることができ、結果として良好な状態で産卵することができる。さらに、高密度であれば病原体への感染が期待できるが、密度を下げればこの可能性も低くなると指摘した(山口1986)。しかし、環境庁(1974)は、オニヒトデの大量発生が6年間もの長期に亘ったことを、駆除の成果と捉えた。つまり、駆除によりサンゴが生存したためオニヒトデ個体群を維持することが出来たと諭じた。しかし、大勢としては、沖縄における大規模な駆除事業は失敗であったと評価されている(Biekeland & Lucas 1990)。
オニヒトデの大量発生に対する対策として、3つの選択肢がありえる(Moran 1986)。第1は、大規模な駆除を継続すること、第2は、ごく限られた範囲に駆除努力を集中すること、そして第3の選択肢は駆除を行わない、ということである。方針を決定するためには、オニヒトデに関する生物学的情報およびサンゴ礁の生態学的情報を蓄積しなければならない。
(5) オニヒトデの生物学
Biekeland & Lucas (1990)が1,000もの文献を引用しているように、オニヒトデはサンゴ礁生物の中では最も研究された動物のひとつである(Lucas 1973, Yamaguchi 1974, Kettle & Lucas 1987, Lucas 1984)。しかし、実験室内で得られた知見に比較し、野外でのオニヒトデの生態についてはまだまだ不明な点が多い。それは、大量発生時を除いてオニヒトデ成体は物陰に隠れている傾向が強いために発見が困難であること、プランクトン幼生の同定技術が確立されていないこと、サンゴモ食期の稚ヒトデやサンゴ食期でも小型のヒトデは野外で見つけるのが難しいこと、個体に標識を着けるのが困難であることなどが障害となり生態学的な研究が滞っているためである。以下、オニヒトデの生物学と生態学について既存の知見を整理してみる。
i) 分布
オニヒトデはイシサンゴを選択的に摂餌するためサンゴが棲息する海域―つまり、主に熱帯および亜熱帯域―に分布は限られる。日本では、南西諸島から黒潮海流流域の宮崎、四国南岸、南紀、三宅島、小笠原に亘り分布している。また、対馬海流域の長崎県男女群島からの報告もある(海中公園センター1984)。オニヒトデはインド太平洋に広く分布し、北は本州、南はタスマン海、西は紅海、東はパナマにまで分布域を広げる。一方、カリプ海には生息はしていない(Biekeland & Lucas 1990)。