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解剖実習をやる中で新たに気付いたこともいくつかありました。それは自分の知らない世界がこんなにもあるのだ、つまり自分の体の中が実はこんなにも繊密な構造であり、体を冒す病がこんな形であらわれているのだということでした。数々の組織や病を実際に目にして、それらを治していくことが思っていたよりもはるかに困難であると思いました。そして、医者となる中でそうはいっていられない責任の重さを感じ、新たに自覚を持って頑張っていかなければならないなと思いました。

人はいずれは死ぬものであり、そんなことは誰もが分かっていることです。しかし自分の身内が死んだり、病気に苦しんでいる姿を幾度も見ていく内に他人の人生というものをよくよく考えるようになりました。それは、その人達にも幼い時期があり、はちきれんばかりの青春時代があり、楽しい結婚生活があり、その中で子供も生まれ幸せな生活を送っていたのに、それがある日ふっと消えてしまうことがとても切なく思ったということです。そんな生活を振り返りながら死んでいく人の姿を考えた時とてもショックでした。献体して下さった方も、もちろんそういう生活を送ってこられたわけです。だから私は御遺体を解剖させてもらうことに特別な意味を感じているのです。多くの患者が訪れる臨床の場ではそんなことをいちいち考えているのはとても未熟なことかもしれないし、適切な判断をすることの妨げになるかもしれません。

 

 

 

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