優しい霊気に包まれた実習体験
九鬼一郎
私が初めて御遺体の体に直接自分の手で触れたのは、祖父が亡くなった中学校二年生の時でした。祖父のあまりにも冷たい身体に触れた時、何か触れてはいけないものを触れてしまったような気持になったのを今でも覚えています。解剖学という医学の中でも重要な位置を占め、私にとって想像もつかないような学問を翌日にひかえた夜、そんなことを思い出しながら期待と不安に包まれていました。
初日、解剖室に足を踏み入れた時、部屋の中の厳粛な雰囲気に飲み込まれそうになりました。御遺体を覆っているシートを取る時、思わず顔をそむけてしまいました。御遺体の顔を見てしまいそうになったからです。それは御遺体を"人間"つまり自分たちと同じ人間ということを認めてしまえば、語弊があるといけないのですが、解剖する自信がなくなると思ったからです。数週間もたつと、やはり慣れというものが出て来てしまい、御遺体に対する敬意が薄れがちになっている自分に気づきました。そのつど全身全霊を医学部の学生に捧げて下さったお心に応えるよう、"しっかりしろ!"と自分に言いきかせて来ました。少しでもそういう気持(希薄な気持)を持ってはいけないと思っていたのですが、本当に申し訳ありません。