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御遺体を最初に目前にした時よりも、つーん、と鼻をつくホルマリンの臭いと、初めて人の皮膚にメスを入れた時の事をハッキリと覚えています。それまでにはカエルやラット、マウスといった動物にメスを入れたことはありましたが『人』に対しては初めてだったので戸惑いがありました。しかし、実習が始まる前の先生方から献体について話された事(献体することを決めた故人の気持ち、その家族の気持ち等)を考えると不思議と迷いが無くなりました。私が私なりに献体していただいた故人やその家族に対して出来ることは一つです。一生懸命に勉強させていただくこと。自分で決めて選んだ医学部です。その医学部と歯学部の生徒だけに許されている人体解剖学の実習です。そして、私たちに将来の医学の発展を期待し、献体して下さった人々と出逢えたこの時間を大切にしなくてはいけないと思ったからです。

『小さな宇宙』という言葉がよく人体に対し喩えられますが、まさにそのとおりです。机上で模式的に描かれたものしか知らなかった私にとって、実際に目にしたこと、触ってみたもの全てが不思議であり、驚きでありました。模式図やその説明文を読んで理解できなかったことを、次々と教えてもらえます。自分の身体も同じように出来ているのだなと思うと、何かとても不思議な感覚でした。例えば「神経」と言われると、細い糸の様なものがぎっしりと身体中にはりめぐらされているといった感じを持っていたのですが、もちろん視覚や聴覚といった神経を含め細い神経は多くありますが、箸や小指程の大きさがある神経が頸部や腕、脚にあり、それらの神経によって手足が動いていることに私にとって驚きの以外の何者でもありませんでした。

 

 

 

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