2.2 火災事故シナリオ
本研究では、海上火災の最苛酷シナリオを設定するために、過去に発生した火災事故を調査し、自船からの失火による火災事故と他船との衝突により発生する火災事故の2種類を検討した。
2.2.1 自船からの失火による火災事故シナリオ
核燃料物質等の専用運搬船は機関室等の火災防止対策として、重要機器の二重化等ハード面及びソフト面の双方から厳格な安全管理が施されているので、一般船の事例がそのまま当てはまるわけではないが、船舶火災に係わる総合的検討という立場から、想定するシナリオの基礎資料として、火災事故例を調査し、自船からの失火による火災とみられる事例を摘出した。その結果、自船からの失火による火災事故例は以下のようにまとめることができる。
(1) 停泊中の火災においては、全17件のうち7件までが油タンカー又はケミカルタンカーで起こった爆発火災事故である。これらは何れも積荷である重油又はベンゼン等の物質が何等かの引き金により爆発し、火災となった自船の事故である。従ってこのようなケースは積荷が核燃料物質のINF3船には当てはまらない。
(2) 貨物船の火災事故例としては、修繕又は定検工事のためにドック入りしていた船舶が機関室内での火気使用などの原因により、漏洩燃料油などの可燃物に着火し、火災に至ったケースが3件あった。このようなケースは当然、本研究でもシナリオとして取り上げうるケースであると思われる。しかし、INF3船の場合は、定検又はドック入りの際は放射性輸送物は積んでいないので、定検又は修繕の際に発生する事例は当てはまらない。
(3) 貨物船内の他の原因による火災事例としては、船員の居住区内でのタバコの火の不始末、或いは暖房器具の取扱不良などによる室内火災がみられるが、これらは何れも船室内の火災のうちに消し止め、貨物倉への影響、或いは長時間燃え続けた事例は無かった。
(4) 航海中の機関室火災の事例としては、燃料供給管等の漏洩から起こる火災事例が多く、機関室全域に及ぶ例も見られた。
以上の考察から本研究では、自船からの失火の想定シナリオとして、輸送物を積載している状態で航行中に、なんらかの原因により機関室火災となったケースを採り上げる。
2.2.2 機関室火災のシナリオ
機関室火災時のイベントツリーを図2にまとめる。初期消火、非常用消火ポンプ、更には固定式消火設備等による消火が成功せず、機関室火災が持続し、直近貨物倉への熱的影響が現れてきたとするシナリオを設定した。
想定しうる最大規模の火災という考え方に基づき、機関室全域に火災が広がった場合を取り上げる。実際の機関室火災事故においては、機関室内の燃料油等の存在量、空気の供給量、燃料油タンク等の位置、機関室と船倉間の隔壁の状態などにより、事故ごとに現象が異なる。よって、火災の規模は、機関室内の燃料油等の存在量から求め、火災温度と火災持続時間を過去の文献[5]に基づき、次の2つのケースを苛酷事故と設定した。
(1) 空気の供給量も充分で、完全燃焼状態で火災が進行するケースである。この場合は、昭和56年の石油燃焼実験例[5]で紹介されているように、限られた空間で空気が十分供給される条件下では、直径30m及び50mの実験タンクから、その直径の2倍、3倍の距離の上空での温度が870℃、930℃に上昇している計測結果が報告されている。閉じられた空間でかつ空気が十分に供給されるという仮想的な条件設定ではあるが、火炎の温度を1,000℃、火災持続時間2時間という保守的な条件を設定した。
(2) 機関室内への空気の流出入が不十分であり、不完全燃焼状態が続いた場合を設定し、過去の文献[5]に基づき、火災温度530℃、火災持続時間15時間と設定した。