日本財団 図書館


現状認識知識ベースは、避難者が現在の空間やノードIDを得ることを通じて、自己の位置関係から、船舶の空間構造、災害状況、混雑状況を獲得するために構築したものである。また、避難者の船内環境への熟知度により、認識した結果に差があることが考えられる。例えば、乗組員と乗客は同じ場所にいても避難経路への認識が異なる可能性がある。従って、個々の避難者の思考・行動を推定するため、個々の避難者の属性、例えば、船舶の空間構造の熟知度、年齢、性別などを扱うための個人属性知識ベースを導入した。今回は簡単のため、船舶空間構造をよく知っている、または知らないの2つの区別だけを取り扱った。乗組員は全員が熟知する人とし、乗客は全て知らない人とした。これにより、乗組員と乗客を区別して避難経路の選択の有無を決定した。乗組員は、船舶の空間構造を熟知する上、普段から緊急事態における避難訓練を行っていると想定し、緊急事態にも慌てず冷静に避難場所までの避難経路を選び、それに従って避難するとした。一方、乗客は、一般に船舶の空間構造を知らないため、避難場所に到るまでの経路の選択は不可能であり、かつ乗客の一般的な心理状態を考慮し近い出入口や階段の方に向かうか、あるいは乗組員に追従して避難を行うとした。また、避難の途中で周辺状況の変化により、避難経路を変更する場合もありうると思われる。周辺状況の変化は複雑で、例えば、煙状況の変化、避難者の密度の変化、照明の故障などが考えられる。ここでは、煙状況の変化による避難経路の変更を考慮している。乗組員は船舶の空間、環境を熟知すると想定したため、煙が拡がってくる時、その時点で新たに避難場所までの経路を変更することができ、さらに乗員に追従する乗客も同時に経路変更ができるようにした。これらの行動は、長期、短期避難経路知識ベースを導入することにより取り扱えるようになった。長期避難経路とは、避難場所までの全体経路のことをいい、短期避難経路とは、今現在いる空間の出口までの経路のことをいう。

(b) 避難者の歩行速度について

歩行速度は、避難時間を決定する重要な要素の一つである。歩行速度については、多くの研究成果12),15),16),17)が上げられるが、一般に群集歩行速度は群集密度が高くなるに従って低下することが知られている。船舶特に旅客船にあっては、限られた空間に多数の乗船者がおり混雑が発生しやすい場所であるため、本研究では、歩行速度は群集密度の関数として考え、密度の増加に反比例して速度が減少する関数式、すなわち、図2.2.9.3に示す戸川によるグラフに基づく水平な通路における密度による歩行速度15)を採用した。また簡単のため、グラフを線形化した。階段を降りる歩行速度は水平な通路の半分16)として扱うことが多い、階段を上る歩行速度17)はさらに遅くなるはずであるが、今回は簡単のため、階段を通過する速度は昇降とも図2.2.9.3のグラフの値×0.5として計算した。またノードを通過する場合、流動係数を1.516)として、通過速度を計算した。また乗船者は煙に巻かれた場合、濃度および乗客、乗組員の別によって通過の可否を判定しており、通過不能となった避難者は避難失敗者となる。今回用いた煙流動シミュレーションデータ1)では、減光係数19)(煙の見通しの程度を表す光学的濃度)が0.1以下の場合、乗客、乗組員とも通過でき、0.1−0.5の場合、乗組員は通過できるが、乗客は単独では通過できず、乗組員に従う場合は通過可能とした。また0.5になると乗組員も通過できないとした。一方、煙の中での歩行速度6)は状況によってかなり異なり、一般に煙濃度の増加にしたがい遅くなることが考えられるが、その程度は個人差が大きく、提唱者12), 18)によって、ばらつきがあるため、今回は煙濃度による歩行速度の変化は考慮していない。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION