(7) シンガポール
シンガポールの領海に関する国内法は、英国の1878年の領水管轄権法(Territorial Waters Jurisdiction Act, 1878)である。同国は、狭い水道に囲まれた特殊な地理的状況から、自国の領海は3カイリとしている(25)。
(8) ビルマ(26)(図7)ビルマ主張の領海基線
ビルマは、1977年領海及び海域法(1977年4月9日、同法第3号)を制定し(27)、領海を基線から12カイリと規定した(同法第3条)。この法律によれば、領海基線は低潮線とすること、ビルマの地理的事情又は沿岸地域の経済的要件を理由として、本土、島又は岩の固定点を結ぶ直線基線を用いることが規定されているが(同法 annex)、実際に引かれている基線をみると、ベンガル湾からマルタバン湾(Gulf of Martaban)全体を取り込み、さらにアンダマン海の島をすべて取り込む形の直線基線を設定している(28)。特に、マルタバン湾沖合に引かれた直線基線はもっとも近い陸地から75カイリ沖に設定されており、Sittang River 河口から120カイリの距離がある。さらにその長さが222カイリに達し、各国の主張する直線基線の中でももっとも長いものと言われている。
この直線基線に対しては、米国(1982年)及び英国(1993年)が、それぞれ抗議している(29)。
(9) インドネシア(図8)インドネシア主張の群島基線
インドネシアは、1957年12月13日の「内水化宣言」により、自国の群島国としての地位を宣言した。その概念は、1960年2月18日の「インドネシア水域法」(1960年法第4号)により、初めて具体的に示された(30)。インドネシア水域は領海及び内水から構成されるが(同法第1条(1))、内水の範囲はインドネシア領域の最遠の島又はその島の低潮線の最遠の地点を結ぶ基線に、囲まれた水域を言い、領海は基線の外側に12カイリ幅で設けられる(同法第1条(2))。この基線は195地点を結ぶ直線から構成されており、100マイル以上が5本、うち2本が124カイリの長さであった。群島内の陸地と水域の比率は、1:1.2であった。第三次国連海洋法会議が群島水域の要件を定めるに当たって、インドネシアのこの水域が大きな影響力を持っていたと指摘されている。そして、インドネシアの群島水域は国連海洋法条約に定める要件(国連海洋法条約第74条(1)及び(2))に合致するものであることをいくつかの国が認めている(31)。