特に海洋汚染行為が定性的に領海の秩序を乱すものと捉えられるのであれば、汚染行為によって生じる被害の程度に関わらず、沿岸国法令の執行が可能とされることになり、ただ責任者を逮捕するかどうか、どのような方法で逮捕するかを決定するに際して、航行の利益に妥当な考慮を払うことを義務づけられるに止まる(同3項)、と解する余地が生じる。第二に、内水に一旦立ち寄った外国船舶については、いわば出港国管轄権(departure-State enforcement jurisdiction)までもが認められた、と解する余地が生じる。もちろんこれについても、航行の利益への妥当な考慮を払うことは義務づけられる。こうした解釈が可能であるとする場合の実益は、一方で沿岸国が通航を有害と判断するまでもなく沿岸国法令の執行を確保することができること、他方で、航行利益を尊重して執行措置を取らない場合でも、執行措置の威嚇のもとに沿岸国法令違反を理由に事実上の退去要請が可能となり、また船主や運航者にとっても退去要請の方がよい場合もあるという点にある。
(3) 第12部の下での沿岸国による執行
以上の考察を踏まえて、先に掲げたもう一つの前提、つまり第2部3節と第12部の沿岸国による執行の関係の問題について、若干の考察をしておきたい。確かに第12部の規定は、海洋汚染防止のための特別の法制度を創設したものである。とくに排他的経済水域における海洋環境の保護および保全に関する沿岸国の管轄権(56条1項(b)(iii))を前提として、排他的経済水域について沿岸国の立法管轄権を拡張(211条5項)した上で、領海および排他的経済水域を通航中の外国船舶について、排他的経済水域を通航中に行われた汚染行為をも含めて沿岸国の執行管轄を認めるなど、 全く新たな要素を含んでいる(220条)。しかし、領海通航中の外国船舶に対する執行管轄という点から見れば、それは第2部3節の特別法(lex specialis)として位置づけることができる側面を持つ。そうした観点から、特に船舶起因汚染に関する沿岸国による執行の規定をみると、一方で沿岸国による執行措置の範囲について整理を要する問題が残されていることが明らかにされるとともに、他方でその執行の手続的制限を定めることにより、航行利益をを保護するために沿岸国がとるべき妥当な考慮の中身をどのように具体的に特定したかが明らかになる。