後者は沿岸国と特別の密接関連性を前提にしたものであって、犯罪人の国外逃亡や密輸など沿岸国国内で行なわれた犯罪に関連して刑事裁判権を拡張したものである。もっとも1930年の法典編纂会議に提出された草案では、この部分にあたる個所では、航行、汚染、漁業に関連する法令については通航船舶に対して執行管轄を行使できるとするとともに、内水から出て領海通航中の船舶に関しては、それ以外の法令を含めて沿岸国法令を執行するために領海通航中の船舶について刑事裁判権を行使することを認めていた(19)。また現在においても、内水出入の外国船舶の場合については、この規定により、沿岸国がたとえば領海通航中になされた海洋汚染関連の沿岸国法令違反について、責任者を処罰するために外国船舶内で刑事裁判権を行使することが認められるとする見解もある(20)。領海通航中の船舶に対する刑事裁判権の行使に関するこれら規定の適用範囲については、それが船舶を介して行われる犯罪、船舶を手段として利用した犯罪、船舶上で完結する犯罪のどこまでをカバーできるか子細に検討する必要がある。ただし海洋法条約は、領海通過船舶が領海立ち入り前に船内において行われた犯罪については刑事裁判権を行使してはならないと規定(27条4項)しており、かつそこでは第12部(海洋環境の保護及び保全)に定める場合、および第5部(排他的経済水域)に定めるところにより制定する法令の違反に関する場合には、この制限は及ばないと明記されているところから見て、これら規定にいう船内犯罪といっても、たとえば海洋汚染行為や違法な漁獲操業などが含まれると解する余地は十分にある。海洋法条約220条の規定は領海については沿岸国がもともと有する執行管轄権に極く限られた制限を付したに過ぎないという解釈もある(21)。
さて以上の考察を、領海における海洋汚染行為、とくに船舶からの排出あるいは投棄について当てはめて考えると、第一に、領海通過中の外国船舶については、それら汚染行為が船舶の通航を有害とするものでない場合でも、それら汚染行為の結果が沿岸国に及ぶ場合(27条1項(a))、領海の秩序を乱す性質のものである(同(b))場合には、沿岸国はこれら船舶内において刑事裁判権を行使することができる。