ところで領海を通航中の外国船舶が汚染行為を行った場合に、その通航を有害とみなしうるためには「故意」が要求されており、この主観的要件を船舶の外形的な行態から判断しかつ立証することには相当の困難がある。一般には領海通航中の外国船舶による海洋汚染行為に関して、その有害性を認定したうえで、沿岸国法令を適用して執行管轄を行使することは、実際上は困難な場合が多いであろう。既に述べたように、「故意かつ重大な汚染」に該当するような行為を行った外国船舶を、逮捕、引致することによってわざわざ陸に近づけて措置を講じることが妥当であるかどうかという問題もある。むしろ領海からの退去要請ないし退去強制が妥当な措置と考えられる場合も生じうる。第三次海洋法会議では沿岸国の管轄権の拡充を図るために、「故意かつ重大な汚染を生じさせる『おそれ』」ある行為をも含め、そうした船舶については領海外への退去要請あるいは入域拒否をも認める明文規定を設けようとする提案もなされたが採用されなかった(18)。いずれにせよ、領海通航中の外国船舶の排出行為による海洋汚染行為に対して沿岸国がいかなる措置をとりうるかは、それら船舶が無害性を保持して航行を継続していることを前提として考察しておくことが実際的である。こうした点から海洋法条約の解釈論として問題となるのは、海洋法条約第2部との関係では外国船舶内における刑事裁判権に関する規定(27条)、および第12部の船舶起因汚染に関する執行についての規定(218条、220条)である。この点について以下、節を改めて議論する。
(2) 外国船舶内における刑事裁判権の行使
領海通航中の外国船舶が汚染行為を行ったような場合に、沿岸国が汚染行為に責任ある者を処罰するために執行管轄権を行使することができるかという問題に関しては、領海の通航レジームに関する海洋法条約第2部3節の規定のなかでは、第27条の規定が問題となる。この規定はいわゆる無害通航中の外国船舶の「内部経済」(internal economy)を定めるものであり、原則として、無害通航中の外国船舶内で行われた犯罪(crime)に関連して沿岸国が刑事裁判権を行使することを禁止する規定である。この例外としては、第一に領海通過船舶の場合であっても、(a)犯罪の結果が沿岸国に及ぶ場合、(b)犯罪が沿岸国の平和または領海の秩序を乱す性質のものである場合、(c)特定の者から援助要請が出された場合、(d)薬物取り引き防止に必要である場合があり(27条1項)、また第二に、内水から出て領海通航中の外国船舶内で逮捕または捜査を行うために沿岸国の法令で認められている措置をとる場合がある(27条2項)。