はっきりしたことは、外国船舶が所在することのみによって有害性を主張することはできないということであった。外国船舶の側からすれば、一方で沿岸国の法令違反をしていなくても、通航の全体的な状況との関係で、無害性が否定される場合があり得るということになるが、他方で、無害性の否認は沿岸国の主観的判断に依存するものではないこと、また船種あるいは積み荷によって沿岸国が領海通航を否定することはできないことが確認された点で、国際航行の利益が確保されたのである。ただし、海難事故に遭遇した結果、構造的欠陥が生じ堪航性を欠く疑いのある船舶が、石油その他の重大な海洋汚染を引き起こす可能性のある物質を積載しているような場合には、それが行為態様別の規制として無害性を否定する根拠を沿岸国に与えるのか、 それともそうすることは禁止された船種・積み荷別の規制にあたるのかは、直ちには明らかではない。
(2) 無害性の「みなし規定」
海洋法条約は、無害性の認定基準の客観化を一歩進めて、通航が有害とみなされる(shall be considered to be prejudicial to the peace, good order or security of the coastal state)場合 を列挙した(19条2項)。そこで列挙されている事項は、武力による威嚇または武力の行使、兵器の使用、情報の収集、宣伝、航空機や軍事機器の発着または積込み、特定の沿岸国法令違反の物品、通貨、人の積込みまたは積卸、故意かつ重大な汚染、漁獲活動、調査・測量活動、通信妨害、通航に直接関係しないその他の活動など、いずれも船舶の行為態様に着目したものである。この規定については第一に、それが有害性の「みなし」の限定列挙であるのか、有害性の包括列挙であるのかが問題となる。「無害通航を規律する国際法規範の統一解釈」(Uniform Interpretation of Rules of International Law Governing Innocent Passage)と題するアメリカと旧ソ連との間で交わされた文書(Jackson Hole Statement)(9)では、これを通航を有害とする行為の包括列挙(exhaustive list of activities)であるとしており、外国船舶の領海通航への沿岸国の介入を厳しく抑制する解釈がとられている。しかしそうであるとすれば、通航の無害性を定義した19条1項の規定は無意味な重複となってしまうので、この解釈が適当であるとは必ずしもいえない。