2 無害通航と入域拒否の可能性
(1) 有害通航と沿岸国法令違反
領海における外国船舶の無害通航権は、歴史的に領海制度が確立するのと同時並行的に確立してきた権利である。しかし何が通航の無害性の基準となるかについては、かねてから学説にも国家慣行にも二つの立場があった。一つは、外国船舶が沿岸国の重大な利益を損なう場合には有害性が認定され、当該船舶が沿岸国法令に違反して行動したかどうかは有害性にとって無関係であるとする立場である。英米諸国はこうした立場をとっていたが、この立場はさらに船舶のいかなる行動が沿岸国の利益を重大に損なったかを特定するまでもなく、船舶が領海内に所在すること自体が、沿岸国にとって脅威となる場合があるという考え方をも容認するものであった。これに対して、他の多くの国家は、通航の無害性と沿岸国法令違反とを区別せずに、沿岸国法令を遵守することと無害性を維持することとが概ね合致するものと考えていた。この立場では、船舶の何らかの行動(特に沿岸国法令違反)が通航の無害性を否認する効果を生じることとなり、単に船舶が領海内に所在することだけで通航の無害性が判断されるわけではないということになる。1930年のハーグ法典化会議における無害通航に関する規定は、この両者の立場の中間をとり、「船舶が沿岸国の安全、公共政策、財政的利益を害する行為を行う目的で沿岸国の領海を使用する場合には、通航は無害でない」(7)と規定することにより、有害性の判断が通航外国船舶の行為態様を基準とするものであることとすると同時に、行為態様が沿岸国の利益を害するようなものである場合には、沿岸国法令違反の有無に拘わらず、通航は無害性を失うものとした。その後、コルフ海峡事件において、国際司法裁判所は外国船舶の通航の無害性は特定の行為態様によって客観的に決定されるものであると判断したが、これを受けて、1958年の第一次海洋法会議でも、こうした立場が維持されることになる(8)。要するに沿岸国法令違反がなくても通航が有害となることはあるが、それは特定の行為が沿岸国の重大な利益に脅威を与えるような場合に限られ、具体的な行為が有害なものであるかどうかは客観的に判断されるのであって、沿岸国が一方的に主張できるというわけではないということになる。