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介入権は油汚染の場合のみならず、それ以外の有害物質による汚染にも拡大され、また海洋法条約にも取り込まれている(1)。介入権は公海の旗国主義への例外を定めるものであり、領海で同様の海難が生じた場合に、沿岸国が領海内で沿岸利益への侵害を防止するため適当な措置をとりうることは当然である。海難の場合には、そもそも船舶の航行利益を考慮する調整が必要ないからである。

船舶の航行継続が明らかに不可能な海難事故の場合と異なり、事故に遭遇しつつも一応は自力での航行継続が可能な船舶が緊急入域を求める場合や最寄りの自国の港に入港するために外国の領海を通航しようとする場合のように、船舶が堪航性を欠く場合で、当該船舶が沈没すれば広範な汚染が発生する危険があるような場合に、沿岸国がどのような措置をとりうるかは、外国船舶の領海通航の無害性の問題と絡んで複雑な問題が生じる。

たとえばアチカンユニティ号事件においてオランダは、海難に遭遇した外国船舶が船舶の沈没を回避するために、オランダ海岸に「船舶を座礁させる目的」でオランダ領海に入域することを、そもそも「通航」にあたらないものとして拒否する意思を表示した(2)。またわが国も、火災を起こした旧ソ連の原子力潜水艦が沖縄島嶼の間を通り抜けて母港に帰ろうとした際に、わが国領海の通航を有害通航として入域を拒否しようとした例がある(3)。さらにそこまで汚染発生の危険が具体的でない場合でも、いわゆる構造欠陥船舶(leper vessel)に対する措置の問題がある(4)。こうした場合に沿岸国にとって最も関心のあるのは自国沿岸への汚染の発生の防止であり、実際に発生した損害の賠償ではない。

同様の問題は、すでに入域して領海を通航中の船舶についても生じる。一般に領海通航中の船舶が沿岸国の平和・安全・秩序を害する行為を行った場合には、それら行為は船舶の通航を有害なものとし、沿岸国はそれら行為の停止を求めるとともに、これに応じない船舶に対して航行の継続を拒否することができる。沿岸国の保護権(海洋法条約25条)である。海洋法条約は「故意かつ重大な海洋環境の汚染」行為を有害なものとみなしているが、「故意かつ重大な汚染行為」に至らない程度の汚染についても沿岸国がこれを有害と認めて保護権を行使する余地があるとしても、その前提として沿岸国にはその有害性を立証する義務がある。

 

 

 

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