海洋汚染防止と沿岸国
立教大学教授 奥脇直也
1 問題の所在
外国船舶に起因する海洋の汚染に関して沿岸国がとりうる措置については、伝統的な海域区分に従って、公海上での汚染行為と領海内での汚染行為とが区別されてきた。公海上の汚染行為に関しては旗国主義の厳格な適用によって、もっぱら旗国のみが、執行はもちろん、規律管轄権をも排他的に有するものとされ、たとえ沿岸国領海に近接する公海上で汚染行為が行われた場合でも、当該船舶が現在いずれの水域に所在するかに拘わらず、沿岸国としてできることは、たとえ沿岸国が汚染行為に関する情報を船舶の外部から確認できたとしても、せいぜい収集された証拠を提示して旗国に通報を行い、旗国による規律にゆだねることができるにとどまった。他方、領海内を通航中の船舶による汚染行為についても、それが沿岸国の平和、安全、秩序を害する有害な通航であることが立証されるのでない限り、当該船舶は依然として無害通航の権利を保持することから、実際には公海の場合と同様、沿岸国がとりうる措置は旗国通報にとどまるものと一般には考えられてきた。なおこれら旗国通報の場合に、刑事上あるいは行政上の手続を通じてそれら汚染行為を行った者に対して旗国が実際に自国法令に従っていかなる措置をとったかについて、旗国が通報を行った国に対して報告する義務はなかったため、旗国通報をした国もその後どのような措置がとられたかについて知り得ず、旗国の責任を追及する余地もなかった。
公海上の船舶からの汚染に関して沿岸国が措置をとりうる例外的な場合としては、海難事故により沿岸国に重大な汚染が生じあるいは生じるおそれのある場合に、沿岸国が損害あるいは危険と比例する措置を公海上でとることを認めたいわゆる「介入権」がある。