しかしながら、最終的に、裁判で、射撃の適法性が争われなかったことの意味は、射撃が行われた現場は、距岸数100メートルばかりの疑う余地なく完全に日本の領海内であること、そして前後の状況から警職法第7条の要件に合致した正当防衛に当たるとの海上保安庁側の主張を崩せないと考えたからではないかと推察される。しかも、単なる漁業法令違反といった事例ではなく、事件そのものが特異な工作員の送迎という、公安事件における射撃事件であったからかも知れない。船舶法の不開港場寄港の罪は、船長を2年以下の懲役又は罰金(船舶法第3条、第23条)に処するに過ぎないのであるから。
(3) 日本船舶が銃撃された事例
イ) 巡視艇「あさぎり」被銃撃事件
昭和45年(1970年)5月14日0015頃、兵庫県城埼郡竹野町猫埼東方約1海里において、巡視艇「あさぎり」は、無灯火の不審船(漁船型約15トン)を発見し、接近したところ、速力約22ノットで北方向け逃走を開始した。「あさぎり」は、不審船の右後方に占位し追跡を開始。0110距離500メートルになったところ、探照灯とサイレンを使用し、再三にわたって停船命令を発したが、不審船はこれに応じず逃走を続けた。0535不審船の右正横約300メートルまで接近して写真撮影中、突然不審船から、自動小銃による銃撃を受けた。「あさぎり」の人員及び船体に被害はなく、再度右後方に占位して、0550まで追跡を継続した(23)。
この事件は、領海内からの追跡であり、不審船から銃撃を受けたのであるから、客観的にみた場合、警職法第7条を適用し、相手船にに対して武器の使用が認められる要件は満たされていたであろうと思われるものであった。乗組員たる海上保安官の生命が危険にさらされたといえるので、正当防衛が成り立ち、且つ当初より「あさぎり」の進路を妨害しつつ逃走していたものであるので、公務執行妨害及び往来危険にも該当しているというべく、公務執行に対する抵抗の抑止としての要件も満たしていたであろうと思われる。