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ロ) レッドクルセイダー号事件

1961年5月29日、英国トロール漁船レッドクルセイダー号(Red Crusader、以下レ号という)が、デンマーク漁業水域内で漁業を行っていたという理由で、デンマークのフリゲート、ニールスエベセン(Niels Ebbesen)によって拿捕された。レ号はフェローズ諸島の裁判所での審判のため、ニールスエベセンに従ってトルスハウンに行くことが命じられた。拿捕を確実にするために、ニールスエベセンのベッチ大尉とクロップ兵曹がレ号に派遣された。レ号のウッド(Wood)船長は、ニールスエベセンに従って進行した後、拿捕から逃れるため進路を変更し外海に逃走を開始した(この間、派遣士官達は船長室に監禁されていた)。ニールスエベセンは、レ号を追跡し、発砲し、停船を命じた。レ号は軽微な損傷を受けたがなお逃走を続け、両船はフェローズ諸島とオークニー諸島のほぼ中間の公海上で、事態の処理に向かった英国海軍フリゲート、トローブリッジ(Troubridge)と漁業監視船ウートン号(Wooton)に邂逅。洋上会談が行われ、レ号に監禁されていた2人は解放され、レ号はフェローズ諸島に連行されることなくアバディーンに向かった。

問題は、ニールスエベセンによるレ号に対する砲撃である。なお拿捕前に、探照灯による数回の停船信号無視に対して、40ミリ砲の空砲射撃が行われている。

射撃に関する事実は次の通りであった。

0322に127ミリ砲による1連射、距離2100m、レ号の右舷後方へ行われた。

0323汽笛による最初の停船信号「K」が発せられた(注;当時はLではなくK)。

0325レ号右船首に向け、127ミリ砲による1連射、距離同じ。

 

 

 

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