つまり、英米間の条約は、乗船、審査及び捜索を行い、最後に一定の条件のもとに船舶を拿捕する権限を与えてはいるが、これらの権限は、その目的を達成するための正当な程度の実力を行使する権利を伴うものである。しかし、船舶を撃沈する権利まで含むものではないという主張である。これに対して、合衆国側は、1時間航程内で停船命令を拒否する船舶については、最後のよりどころとして、これを撃沈する権利が条約の文言に当然に含まれていると解すべきである。これが認められなければ、容疑船舶の速力が充分であるかぎり、追跡する船舶はとるべき手段を持たず、逃走することを容認せざるを得ない結果となると主張。そして、この事件はカナダ側の要求で、条約に基づく合同委員会に付託され、その中間報告書(1933年6月30日)では、「この問題に示された前提に立てば、合衆国は、本条約に従って、容疑船への乗船、捜索、拿捕及び港への引致という目的を達成するため、必要かつ合理的な実力を行使できることになる。そして仮に、沈没が、その目的のために必要かつ合理的な実力の行使の結果として偶然に生じたのであれば、追跡船舶は、全く非難を受けることはない。しかし両委員の見解によれば、回答第8項目に示された状況下において、容疑船舶を明らかに意図的に撃沈することは、本条約のいずれの条項によっても正当化されるものではない。」としたのである。
最終報告書(1935年1月9日)では、国際法のいかなる原則によっても正当化されないこと、合衆国沿岸警備隊士官による撃沈行為は違法な行為であったとした。それゆえ、合衆国政府はその違法性を正式に認め、それについてカナダ政府に謝罪し、さらに合衆国の不法に対する実質的賠償として、カナダ政府に総額2万5千ドルを支払うべきであると(密輸謀議に参加していなかった同船乗組員のために2万6千ドル余りの賠償を認めている)勧告した。これに基づいて、合衆国政府は1935年1月19日にカナダ政府に謝罪し、同年11月7日に、撃沈から生じた損害についてその一切の請求権の完全な解決として、カナダ政府に総額50666ドル50セントを支払って、事件は解決された(17)。本事件の結果を要約すると、沿岸国は、追跡権の行使により被追跡船舶に対し乗船・臨検・拿捕または港への引致などの強制措置を行い、またその目的を達成するために必要で合理的な実力を行使することは許される。しかし、容疑船舶に対する銃撃と撃沈は、これらの実力行使に伴って偶発したものであればまだしも、停船命令を拒否したという理由だけで意図的に行った場合には、過剰であり違法であるということになる(18)。