9 本件の場合、「まず日本の漁船であるという風体をとっておる以上は漁業法違反という形で、しかもこれはまだ相手に入ってみないことには何もわかりませんので、海上保安官の立入検査を忌避、断ったという意味ですか、そういう罪だと」(楠木海上保安庁長官答弁)と認識して行動したとされる。『議録第八号』3頁。あくまで仮の話であるが、立入検査の結果、外国の軍艦であることが判明した場合、日本としてはその主張を認め国内法令違反の執行を免除しなければならないことになるのだろうか。答は否である。なぜなら、海洋法条約は、「『軍艦』とは、一の国の軍隊に属する船舶であって、当該国の国籍を有するそのような船舶であることを示す外部標識を掲げ」(第29条)る船舶という要件を課しており、本件の場合、「外部標識が掲げ」られていない以上、軍艦として扱う必要は毛頭ないからである。仮に当該外国が海洋法条約の当事国でなかったとしても、この規定はすべての国を拘束する慣習国際法規則だと考えられる。
10 自衛隊法第82条は、「長官は、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができる」と規定する。なお、本事例は、海上警備行動が発令された初めて事例である。「法令の海上における励行」(海上保安庁法第2条1項)をその任務とする海上保安庁の保安官は、「その職務を行うため必要があるときは、船長又は船長に代わって船舶を指揮する者に対し」、書類の提出命令、立入検査及び質問の権限を有するが(同第17条)、自衛隊員の場合は、こうした法令の励行という任務は付与されていないので、今回の活動は「治安の維持」の確保という公務の執行にあたったものと考えられる。
11 朝日新聞の報道によれば、政府は、「不審船対応策」の中で、不審船を追跡する範囲について、ロシア、中国、韓国の領海の方向に逃走した場合は、海洋法条約の規定通り、艦艇、巡視船とも相手国の領海まで継続追跡を行うとする一方、北朝鮮方面に逃走した場合は、日本の防空識別圏までとするとの指針を策定したとされる。朝日新聞6月4日夕刊(2)面。