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しかし、残念なことに、わが国は領海警備そのものを目的として制定された国内法を有していない。その結果、海上保安庁の対応も個別の保護法益に対応した個別法令による部分的規制に止まってきた。村上教授の指摘にあるように、「わが国は海上における不審船舶を対象とする領海警備に対して十分な法制度を整備してきたとは言い難い(68)」国である。もちろん、そうした動きがまったくなかったわけではないが、さまざまな理由により、現在までその実現はみていない(69)。そうした中で、今回の不審船の事例は、はからずも領海警備という問題に国民の関心が集まる結果になったわけで、現在の「領海幅員法」としての領海法のあり方の見直しを含め、領海警備に関する新規立法の導入につき本格的な検討の時期が訪れたともいえるかもしれない。

たしかに、今回の「不審船対応策」で提示されたように既存の個々の法令で取締るというのも一つの選択肢ではあるが、本来は個別の国内法益を保護するために制定された個別の国内法令を基準として立てて、同法令違反に所定の刑罰・処分を科すという立場で対処することには、次のような疑問が残る。すなわち、このように個別法令の適用を前提とする場合は、今回の対応策でも明らかなように、「不審な漁船には漁業法、外国貨物を積んでいると思われる船舶には関税法」という具合に、船舶の外観により適用法令が選択されているにすぎず、その結果、立入検査にあたっての質問も、当該法令の遵守に関する質問とならざるを得ず、先に定義した意味での不審船の取締りという実態と乖離した対応になる恐れがある。さらに、今回の不審船の事案にみられたように、停船命令を無視して逃走する船舶に対して、その形式的で軽微な違反に対する対応として、威嚇射撃に止まらず危害射撃に至る事態というのも現場としては躊躇する点もあろうかと想像される。もちろん、こうした法律論とは別に、今回のような事案の再発防止のためには、海上保安庁として、「情報の収集及び共有化、監視体制の強化、巡視船艇の能力の強化、防衛庁との連携の強化(70)」といった当面の課題として処理すべき案件も多いわけで、本主題については今後ともさまざまな観点から検討を重ねる必要があると思われる。いずれにしろ、本主題を検討するにあたっては、バインケルスフークの時代以来、領海の概念が沿岸国の安全保障と密接に結びついていたことを、もう一度想起する必要があろう(71)

 

 

 

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