そして、先の二つの事件を引用しながら、「追跡の船舶が最後の手段として実力を行使しうるのは、適当な行動が失敗した後である。その場合でさえも、適当な警告が当該船舶に発せられ、人命を危険にさらさないようにあらゆる努力が払われるべきである」ことを確認したのである(65)。たしかに、裁判所が指摘するように、こうした考えは、1995年に採択された公海漁業実施協定第22条1項(f)でも、「検査官の安全を確保するために必要な場合及びその限度を除いて、また検査官がその任務の遂行を妨害された場合を除いて、実力の行使を避けること。行使される実力の程度は、状況により合理的に必要とされる限度を超えてはならない(66)」と規定されており、本主題に関する一般国際法を示すものと思われる。紹介した3つの事例は、いずれも条約水域(接続水域的性格をもつ)、漁業水域及び排他的経済水域からの追跡と停船命令の不遵守に対する実力の行使であり、また、いずれも行き過ぎた武器の使用と認定された事例である。しかし、本稿で取り上げている領海からの追跡と強制停船の実施にあたってのわが国の海上保安庁や海上自衛隊の武器の使用に対しても、参考になる点が多いと思われるし、危害射撃にあたってはそこで示された要件を厳格に遵守する必要があろう。
6 おわりに
周知のように、海上保安庁は、わが国の海洋の秩序及び安全を確保するために、領海における無害でない通航や不法行為の監視取締りを重要な業務として行っている海上警察機関である。その対象となる領海侵犯行為は、「私人によって行われる単純な密航のような形態から国家の意思が関与した形態のものまで幅広く存在(67)」しているのが実状であり、そうした領海侵犯の態様の多様性はそれに対抗する措置の多様性を生むわけで、そのことが「領海警備」という主題をいっそう困難な課題の一つにしている。しかし、領海警備が主として無害でない通航を行う外国船舶に対応する措置として構成される部分が多い以上、海上保安庁が第一義的責任を果たすべき問題であることに変わりはない。幸い、同庁は発足以来、運用の面でさまざまな経験の蓄積を持ち、十分にその責任を果たせる機関に成長している。