3 沿岸国の保護権
いずれにしろ、通航の無害性の要件が満たされない場合には、沿岸国は、自らの領域主権に基づき、無害でない通航を防止するための必要な措置をとれることになる。なぜなら、外国船舶の無害通航権の承認は、あくまで沿岸国の領域主権の行使に対する例外として設定されているにすぎず、無害通航の要件が満たされない場合、沿岸国は完全かつ包括的な主権を回復することになるからである(28)。
国連海洋法条約は、この点につき、その第25条で「沿岸国の保護権」と題して、「沿岸国は、無害でない通航を防止するため、自国の領海内において必要な措置をとることができる」(1項)と定めている。本条は、1958年の領海に関するジュネーヴ条約第16条1項をそのまま受け継いだ規定である。その表題からも明らかなように、本条は、無害でない通航から自らを保護する沿岸国の権利を承認する規定である。こうした沿岸国の保護権は、1930年のハーグ法典化会議第2委員会の報告書「領海の法的地位」に関する条文草案によって、初めて条文化されることとなった(第5条)(29)。1894年に万国国際法学会(Institut)が採択した「領海の定義及び制度に関する規則」では、「すべての船舶は差別なく、領海の無害通航権を有する」(第5条)との規定と、「領海を通過する船舶は、沿岸国がその利益、航行の安全及び海上警察のために制定した特別の諸規則に従う」(第7条)との規定が置かれているにすぎなかったのである(30)。しかし、ハーグ条文草案は、「通航権は、沿岸国が自らの安全(security)、公序又は財政上の利益を害するような行為から、また、内水に向かって航行している船舶の場合では内水に入るための船舶の許可条件の違反から、沿岸国を保護するためにすべての必要な措置をとることを妨げるものではない(31)」と規定した。