山本教授によれば、海洋法条約第19条1項は、「通航の無害性の認定については、事項によりそれぞれ分離説と接合説が適用されることを容認している」とされる。そして第19条2項で、無害とされない航行として「列挙された諸活動のなかには、国際法が実質的な要件を定めているものもあれば、沿岸国の国内法令により個別にその具体的な要件が定められるよう委ねたものもある(24)」とされる。その結果、沿岸国は、それぞれの事項につき、その具体的実施のための法令の整備を要求されていることになる。この場合の、「関係国内法令の制定は、これらの有害活動の内容・構成要件について国際的に周知させる」という機能をもつとされるが、それはとりもなおさず通航の無害性と沿岸国法令の違反行為との関係につき、各国が自らの責任で、分離説と接合説のそれぞれの適用範囲を決定することを意味する(25)。
したがって、沿岸国が無害でない通航に対して、領海外へ退去させるという措置以上の措置、例えば、立入検査、臨検、拿捕、逮捕といった強制措置をとろうとする場合には、国内法令上の根拠を必要とすることになる(26)。しかし、わが国の「領海及び接続水域に関する法律」は、平成8(1996)年の改正により、新たに直線基線の採用(第2条)と接続水域の設定(第4条・5条)を行ったものの、その基本的性格はいわば「領海幅員法」ともいうべきものであり、国連海洋法条約の無害通航に関わる規定を領海法として受け止める構造にはなっていない(27)。そこで、政府の「不審船対応策」にみられるように、いきおい既存の個々の法令を活用せざるを得ない状況になる。もちろん、領海内における外国船舶に対して、外国人漁業規制法、出入国管理及び難民認定法等の個別法令により、海洋法条約でいう無害通航にあたらない類型がすでに国内法化されているものも存在する。しかし、そうした国内法整備は未だ必ずしも十分ではなく、関係機関による適切な対応をむずかしくしている側面がある。もちろん、海洋法条約第19条2項の各号に掲げられた行為の中には法律事項としてなじむものもあれば、本来なじまないものもあるので、こうした個別具体的な強制措置をとるための根拠法令の完全な整備は望めないという無理からぬ理由もある。