ロシア標準では、エンジンノイズは105dBを越えないこととなっている。しかし、氷中航行時のノイズは、色々な因子が関係しており、見積もりは難しい。
(2) 事故による油汚染
その航行の困難さにもかかわらず、北極海航路においては、これまでタンカーからの大規模な油流出事故は起きていない。しかし、海上での油積み替え時や、一時布設のパイプラインからの油積み込み時などに小規模な油流出は起きている。これらの流出量は、100〜200リットルを超えていないと考えられる。
船舶の事故と油流出の危険性は、多くの要因、主に船の構造や維持管理、航行状態、人的要因に支配される。ここ数十年の技術の進歩にも関わらず、人的要因が、最も不確定で、起こりやすい。油流出を伴う船舶事故の主なものは、衝突と座礁である。中型および大型タンカー事故の年間記録によると、31%が衝突、41%が座礁である。衝突には、他船との衝突の他、氷との衝突も含まれる。
GESAMP(1993)とEngelhardt(1985)には、北極海域での、油の船積み時や海洋油田の開発や生産時に起きた多くの小規模な油流出やガス噴出が報告されている。しかし、これらの統計でも、NSRでの油流出事故の可能性を計算するには、不十分である。バルト海についての計算値によると、油流出の可能性は、公海上では1,000航海につき0.05、危険度の高い海域では0.25である(Maisson and Forsman、1995)。衝突及び座礁事故の頻度を考慮して、平均油流出量を1航海運搬量の1/48とすると、表4.5-3の様になる。これを北極海航路航行中のタンカーに当てはめると、事故による油流出量は、Ventspils号の場合約207トンになり、Samatlor号の場合約503トンになる。
上記の見積もりは、あくまでも確率論からの事故頻度と流出量の参照値でしかない。例えば、重大なクランクが搬入/搬出前に発見されなかった場合、船側全てに渡ってそれが一気に成長する可能性がある。この様なクラックの検出を怠った場合、1時間以内に500〜1,000トンにも上る油が流出してしまう可能性がある。有名なExxon Valdez号の事故では35,000トンの油が流出し、Braer号の事故では85,000トンもの油流出が起きてしまった。この様に、実際の事故と理論推定の間には、大きな差が発生し得る。前出のGESAMPの統計においても、事故による油流出は、年により大きく変動している。これは、事故の回数と、事故を起こした船の種類により結果が全く異なるからである。このことは、結果としての環境影響についても言えることである。全ての流出事故がそれぞれ固有の性格を持っており、環境影響も、油流出量のみの関数ではない。