冬期に発生・成長した定着氷は、一般に、夏期には融解してその存在範囲を縮小し開水域が発現する。図4.2-5は、各海域における開水域が占める割合の変化を示したものである。開水域の割合は月の経過とともに増大する。しかしながら、夏期においてもいずれの海域も完全に開水域となることはなく、氷況という観点からのNSRの厳しさが示されている。開水域の割合は海域によって大きく異なる。特に、カラ海北東部及び東シベリア海では6月末には開水域は存在せず、9月末においてもかなりの面積が海氷により覆われている。これに対し、これらの海域の東西両端に位置するカラ海南西部及び南西チュクチ海では、季節の進行とともに開水域が増加し、夏の終わりには僅かな氷が残るのみとなる。
このような海域による氷の存在率の違いは、前述の気候の違い及び大西洋・太平洋からの海流の影響等に加え、アイスマッシフの影響が大きい。3章で述べたように、夏期の融解期においても、一定の海域にはアイスマッシフが発現する。3.2.3節に示したアイスマッシフの存在海域と図4.2-5を比較すると、開水域の発現が小さいカラ海北東部、ラプテフ海西部及び東シベリア海には、それぞれ、セベルナヤゼムリヤ・アイスマッシフ、タイミル・アイスマッシフ及びアイオン・アイスマッシフが存在することが判る。次項に述べるように、夏期においてはこれらのアイスマンシフを避けるように航路が採られる。
(3) 航路の選定
これまでに述べてきたように、NSRにおける船舶の航路は、この航路の有する自然条件により大きな影響を受ける。NSRにおける船舶の航路選定に影響を与える第一の自然条件は、通過海域における水深である。前述のようにNSR上の海域では大陸棚の発達のため、いくつかの海峡を始めとする海域における水深は極めて浅い。水深が20mを切る浅瀬の存在も珍しくなく、船舶の喫水によっては座礁等の事故の可能性がある。航路選定に影響を与える第二の自然条件は、航路上における氷況である。NSR上における氷況は厳しく、夏季においても大規模な氷野が残っていることも珍しくない。このような条件の中、氷況によっては、船舶は時には航行不能に陥り、また、船体・推進器等に損傷を蒙ることもある。このため、NSRを航行する船舶は、しばしば厳しい氷況を迂回しながらの航行を強いられることになる。このような厳しい自然条件の中での船舶の安全航行を確保するために、NSRを航行する船舶の採る航路は、船舶の喫水と水深の関係、その時々の氷象等の条件を勘案しながら、運航管制所(Marine Operations Headquarters:MOH)において決定され、各船舶に伝達される。運航管制所はNSRにおける船舶の航行全般に対する監督組織であり、ペベク及びディクソンの2カ所の管制所がNSRを東西に分けて担当している。なお、運航管制所の役割については4.3節において述べる。