兵庫区は歴史的背景もあり、ポテンシャルが高いエリアです。これを活かさない手はありません。以上、私が地域の皆さんと一緒にやっている活動をご紹介いたしました。
紙野 たいへんおもしろいご提案をいただきました。将来の兵庫区の姿が見えたような気がいたします。続いて喜多幡さん、お願いいたします。
大野川緑陰道路ができるまで
喜多幡 大阪市西淀川区は、戦後の高度成長期に神崎川や淀川沿いに中小の工場が林立し、その排ガスが原因で非常に環境が悪化していました。隣接する尼崎や三重県の四日市と並んで、全国的にも「公害の町」として悪名をとどろかせていたほどです。区内を東西に流れる大野川も、戦前は運河として機能していましたが、その頃はゴミと悪臭の漂う川になっていました。
1968年、この大野川を埋立て、伊丹空港へ向う高速道路を建設するという大阪市のマスタープランが新聞に発表されました。私は大野川沿いに住居と工場を持っていますが、この計画は住民には全く知らされていませんでした。憤慨した私たちは「西淀川はすでに公害の町。さらに公害を発生するような大型自動車道は必要ない。埋立て後は緑地帯を」と考え、周辺の学校や工場に呼びかけて「大野川緑地化推進委員会」を結成しました。1ヶ月で2万1千名の署名が集められ、大阪市と2年間に30数回の交渉を繰り広げた結果、市側は当初の計画を変更し、埋立て後は歩行者・自転車専用の緑地帯として整備されることになりました。約10年の歳月をかけ、ついに1979年、JR東海道線から淀川河口まで全長3.8kmの大野川緑陰道路が完成しました(写真2])。
先日、地元の小学校4年生がこの大野川緑陰道路について調べた発表会がありました。たいへん立派な報告で感動いたしましたが、その時に子供たちから「大野川緑陰道路は『道路』という名前がついていますが、公園ではないのでしょうか」という質問を受けました。