3 むすび
シンガポール港には、現在、常時約300隻の船舶が停泊しているといわれている。シンガポール海運港湾局(MPA)の統計によれば、1988年の入港船舶は44,855隻であったが、これがその後毎年10%以上の割合で増加し、1998年には140,922隻を数えている。シンガポール当局が安全対策として、監視レーダー局の設置に踏み切ったのは当然とも言える。5つのレーダー局でシンガポール海峡を監視するVessel Traffic Information Service (VTIS)業務は1990年に開始されている。レーダー局は現在9局に増大されているが、港の活況、国力の増進と正に意気軒昂たるものがある。
香港はシンガボールと似たような環境にあることから、事々に競争心が煽られているように見え、次回のシンポジウムは香港でということになっているようである。
中国でもこの10年ぐらいの間に各地の港にVTSを設置したということで、その実情はやや不透明なところがあるが、それでも何とか自信を持ってきているように見える。
今回は台湾からも参加があったが、台湾も設置を検討する段階にあるとすれば、どうやらアジアでもVTSの普及が本格化してきたと言えそうである。
今回のシンポジウムで最も感じたことは、VTS要員の訓練の問題である。VTSの機能を十分に発揮させるためには、VTS側と船舶側の相互信頼を高める必要がある。William A O'Neil IMO事務局長が基調演説で言及しているとおり、VTSの役割は変貌しつつある。当初の港内監視レーダー局の役割は、航行に必要な情報を船舶に提供することであった。これによって、船舶は霧による視界不良時にも入航が可能になり、運行効率を向上させることが出来た。いわゆるレーダー映像によるアドバイス業務である。
このアドバイスというのは、船舶運航の最終責任者は船長である、という伝統的な掟によるものでもあった。たとえ水先案内人の指示が誤っていたからであっても、船舶が事故を起こした際の責任者は船長であるということである。それを誰もが疑わなかった。したがって、陸上レーダー局による提供情報は、船長の操船指揮の判断材料以上のものではなかった。船舶が危険な状態に遭遇しようとしている場合でも、警告はするがそれ以上のものではなかった。つまりアドバイスである。
しかし、今やそれが揺らぎつつある。VTSの機器の性能向上、コンピュータ技術の進歩、通信回線の機能向上など、技術の進歩によって船長に的確な判断資料を提供することが出来るようになってきている現実から、VTSの業務遂行による船舶運航の責任を、運用官にも持たせるべきではないかということが真剣に考えられるようになってきているのである。
このことは、換言すれば、VTSの役割が船舶の運航能率の向上から航行の安全に移ってきているということでもある。特に、最近開発が進み、SOLAS条約の改正によって船舶にAISの搭載義務を課そうとしている現状においては、陸上側の対応の責任も当然問われなければならないであろう。