以下にそのシナリオを簡単に述べる。地球温暖化により赤道と極の温度勾配は小さくなる。しかし、気温の鉛直勾配は大きくなるので、正味の大気の大循環は増強される。つまり、モンスーンや貿易風のような熱帯循環は強まると考えられる。その結果、Grayの発生条件にある水平風の鉛直シアーが増大し、熱帯低気圧の発生が抑制される気候環境となる。ここで、水平風の鉛直シアーが大きいと熱帯低気圧の特徴である上層のウォームコアの形成に不都合である。つまり積乱雲によって放出された熱が上層風に吹き払われてしまうのである(山岬、1982)。一方で、地球温暖化によって予想される活発な熱帯循環は、偏東風波動擾乱のような潜在的な初期擾乱の発生・強度をそれぞれ増加・増強させると考えられる。
また、地球温暖化により海面水温が26℃以上の海域が広がると考えられ、単純にGrayの発生条件「26℃以上のSST」を当てはめると熱帯低気圧の発生域が広がり、発生頻度が高くなると考えられる。しかしながら、2×CO2モデル(大気中の二酸化炭素濃度が現在の2倍と仮定した大気モデル)と、熱帯低気圧の最大ポテンシャル強度(MPI: Maximum Potential Intensity)を客観的に求める方法(Holland、1997)を組み合わせて得られた結果から、SST-MPIの関係を表す曲線自体が現在のものとは異なり、熱帯低気圧の発生限界温度が28℃程度になる可能性がある。つまりこれは、Grayの発生条件にある「26℃以上のSST」が地球温暖化の条件下では必ずしも妥当な発生条件ではないことを示している。
このように、熱帯低気圧の発生頻度に関する問題は非常に複雑であり、また、現時点におけるGCMや熱帯低気圧の予測を行うためのメソスケールモデルの技術が未だ確立していないので、結局のところ気候変動に伴う熱帯低気圧の発生頻度や発生位置の変化に関して明確な結論は下せない。
3] 気候変動と台風の強度
一般に、与えられた海面水温と大気の熱力学環境において、熱帯低気圧が発達できる最大強度が決定されるが、現実的には理論的に計算された最大ポテンシャル強度まで発達する熱帯低気圧はごく希にしかない。熱帯低気圧の発達強度を理解する方法の一つは、まず、何が最大ポテンシャル強度を決定するのかを理解し、その上で、何故ほとんどの熱帯低気圧はその上限まで発達しないのかを見いだすことである。
熱帯低気圧は熱機関である。つまり海面から熱を吸入してそれを大気中で運動エネルギーに変換している。熱源は海面からの蒸発であるので、熱帯低気圧が受け取る熱量は海面から蒸発する水蒸気の総量に比例する。つまり、熱帯低気圧が最大に受け取れる熱量は、大気の湿度が100%に達するまでの水蒸気量である。大気と海面水温の状態がわかれば簡単な計算により海面から大気に輸送される熱量が計算され、その値からMPI、つまりVmax(最大風速)やPmin(最低気圧)が求められる(Holland、1997)。したがって、気候モデルにより将来の気候が確実に予測できれば、熱帯低気圧の最大ポテンシャル強度が予測できると考えられる。