二酸化炭素は温室効果ガスのため、大気中の濃度が増加すると、地表の気温が上昇すると考えられている。地表の気温が上昇すると、南極大陸やグリーンランドの大陸氷河が融解して、海水の量が増加する。このため、海水面が上昇して、低地が海面下に入る恐れがある。そこで、化石燃料の消費により発生する二酸化炭素を固定する方法が模索されている。現在提案されている二酸化炭素を大気圏から隔離する方法としては、1]炭酸カルシウムとしての固定、2]液体二酸化炭素の深海投棄、3]二酸化炭素水和物による固定、4]二酸化炭素の地下貯蔵がある。本論文の最後にあたり、これらの方法の安定性を地球史の立場から検討しておく。
炭酸カルシウムとしての固定とは、反応(6)の利用である。ところで、反応6]を起こさせるためには、カルシウムイオンが必要である。工業では、カルシウムイオンを反応(1)と(3)で得ているため、その過程で二酸化炭素が発生する。したがって、工業的に二酸化炭素を固定することは意味がない。これに対し、生物は反応(7)で水中の二酸化炭素を固定している。そこで、珊瑚などの生物の活動が高まるようにして、炭酸カルシウムを生成してもらおうという考えがある。このとき利用される水中のカルシウムイオンは、岩石の風化によって供給される。反応(14)および(15)で説明したように、この過程でカオリナイトなどの粘土鉱物が生成する。このことは、自然界における石灰岩の生成速度は、生物の活動度ではなく、カオリナイトの生成、すなわち1]岩石の風化、あるいは2]泥岩の堆積で律っせられている可能性がある。
二酸化炭素の臨界温度は31℃、臨界圧力は7.4MPa(73atm)であるから、温度が約4℃、圧力が40MPa以上の深海底に二酸化炭素を入れると、液体状態になるはずである。この物理化学的性質を利用して二酸化炭素を隔離しようという考えがある。しかし、地球史の立場から見ると1つの問題が生起される。天然で液体二酸化炭素が観察されるのは、鉱物中に含まれる流体包有物内だけである。地質体を構成するような規模の液体二酸化炭素は未だに発見されておらず、それが過去に存在したことを示す化石もない。また、二酸化炭素の深海隔離には、炭酸塩補償深度という問題がある。前述の反応(11)や(12)で述べたように、炭酸塩補償深度以深では、炭酸カルシウムが沈殿しない。したがって、海水に溶解した二酸化炭素は、カルシウムイオンが存在しても固定されることはなく、海洋表層に移動する。このため、液体二酸化炭素の深海底投棄は、大気への放出を遅らせるだけで、隔離にはなっていない。