日本財団 図書館


しかし、経済学出身のE先生はそれを聞いて、経済学系の国際会議では、「消費行動において経済主体は自身の過去の消費行動を参考にしているはずだから、消費行動の歴史を現在の消費行動の説明変数とする必要がある。だから私は当該年度の消費行動の説明変数として、前年度の消費行動のみを導入した」という発表はよく見かける、と反論した。経済系の予測の場合、観測期間が説明変数の数に比べて比較的短いことが多いため、前年度の内容にそれ以前の記憶が反映されている、と考えることはよく見かける議論である、というのである。ここで、C先生、D先生、E先生の諸領域における、数学的厳密さあるいはモデルのたて方における仮定の許容範囲の違いを認めることができる。

このように、学問の分野、領域によってevidenceを提示する、そのevidenceの要求水準の違いを観察することが可能である。この違いは、各領域において論文をacceptする際に用いられるV.B.の違いが反映されている、と考えることができる。昨今、Evidence-based policyあるいはEvidence-based psychiatryという用語の例に見られるように、証拠に基づいた(evidence-based)という言葉がよく用いられるようになってきている。このとき、evidenceとして何が採用され、何が採用されないかは、各領域におけるV.B.によって異なる。各領域によってevidenceというものの内実の異なる点は、注意の必要な点である。

 

3-4. 異分野摩擦論Cross-boundary Conflict Theoly

これらの議論をもとに、異分野摩擦論、つまりV.B.の杜会心理的側面の議論を展開することができる。異分野摩擦とは、各分野の業績の妥当性要求基準(V.B.)を内化し、それ以外の分野の妥当性基準を評価できなくなることによって発生する、コンフリクトと定義できる(藤垣、1999)この摩擦が発生する機構を説明してみよう。まず第一に、V.B.、つまり専門誌におけるaccept-rejectの基準は、明文化されていない。Accept-rejectの積み重ねの結果として、そのような境界があることが半ば仮定され、かつ専門誌への投稿によって境界が集団的に形成される。第二に、この境界は、ふだんは意識されない。他の境界に属するひとと出会って、「何か問題の立て方が、あるいは語彙が、研究のしかたが、違う」と思ったときに、急に意識されるようになる。このような2つの特徴から、ふだん境界が見えない(明文化されていない、あるいは意識化されていない)分だけ、境界侵犯がおこったときは、過剰に反応する、という異分野摩擦の機構を考えることができるのである。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION