これが、タコツボ化のメカニズムである。
このV.B.はしかし、固定されたものではない。上に示したように、明文化されていないにもかかわらず共有された基準は、時間とともに変遷する。事実、心理学においては「仮説の設定とその検定」がなければrejectされるように戦後V.B.が変化してきたことが示されている。精神医学の事例研究においては、80年代以降の操作的精神化診断基準の普及によって、記述研究の割合が減少し、同基準を用いた疫学的研究の割合が増加してきていること、つまり掲載される論文に要求されるV.B.が変遷しつつあることが示されている。(藤垣、1998)。このように時間軸で長く見ればV.B.が変化していく事実を認めることができる。しかし、同時代を生きるある時間断面からみたとき、この境界は、新しい発想を「奇異なもの」を排除する機構として働きやすいのも事実である。
3-3. 学問による妥当性要求水準の違い
このV.B.の差はまた、学問分野による厳密さの要求度の違いを説明するのにも便利である。たとえば例をあげよう。
<事例1>A先生は、学際研究チームを作って研究開発行動の研究をしている技術経営の先生である。そこで研究開発行動についてのインタビューを行い、そのデータを、自らの作成したコーディングスキーマに基づいてコーディングを行って、データ解析を行った。その報告に対し、基礎心理系のB氏から、そのデータ解析の妥当性についての強い批判がよせられた。そのコーディングスキーマの妥当性がどのくらい検証されているのか、つまり一人の評定者が同じインタビューデータを必ず同じコードにコード化するのかどうか(同一評定者内の再現可能性)、また同じデータを複数の評定者が同じコードにコード化するのかどうか(評定者間妥当性)を検討すべきだ、という指摘である。B氏の指摘にA氏は驚きを示した。彼の属する分野では、そういう種類の妥当性の根拠を示す必要性があまり高くなかったからである。ここでB氏は手続きの妥当性をそのV.B.として内化している。A氏は特性指向型(研究開発という対象の特性を記述しようとする)である。
<事例2>C先生は、天文物理学の先生である。D先生の書いた科学計量学に関する本のデータ予測の項で、「前年度の内容にそれ以前の記憶が反映されている。つまりそれ以前の記憶を必要としないで、前年度の状態が現在の状態を決定している」という主張を読んで、受け入れがたいと感じた。前年度だけでなく、前々年度およびそれ以前のデータもそれぞれの重みづけをつけて予測式をたてるのが、C先生の領域では普通であったからである。