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One Moment in Time

体育会的発想からの脱出を

作家

村松友視

 

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SSFスポーツフォトコンテスト'98入選作品

Go Fujimaki (JAPAN) “Revival”

 

かつて、ヘルシンキ五輪において、国民の期待に応えることができなかった<フジヤマのトビウオ>古橋廣之進選手は、新聞に自らの不甲斐なさを国民に詫びる手記を発表し、「情けないことになってしまいました。私を責めてください。悲しい運命の日」とその文章をしめくくった。

また、東京五輪において、ゴール寸前でイギリスのヒートリー選手に抜かれ三位となった円谷幸吉選手は、それから四年後に、練馬の自衛隊宿舎で、右頚動脈をカミソリで切って自殺した。その円谷選手の家族にあてた遺書は、当時の人々に強烈な印象を与えた。「父上様、母上様、とろろ美味しうございました。干し柿、もちも美味しうございました。おすし美味しうございました。敏上兄、姉上様、ブドウ酒、リンゴ美味しうございました。巌兄、姉上様、しそめし、南ばんづけ美味しうございました。喜久造兄、姉上様、ブドウ液、養命酒美味しうございました……」といった、食べ物に関する文章が、それを読む者の心に深く喰い入った。

古橋廣之進と円谷幸吉は、ともに自分に期待を寄せてくれた国民に対する、謝罪の気持ちをその文章に綴っていた。

いまは時代がちがう……という感じもあるが、世界を相手にしたとき、日本人が選手に期待するセンスは、似たりよったりという気もする。キミは日本国を代表した選手なのだから……そんな重圧を、いまもわれわれは選手に与えつづけているのではないだろうか。

そのあたりに、日本人がスポーツというさわやかな世界に爪をかけられぬ原因がありそうなのだ。スポーツマン・シップという心が、日本人にとってはどうしても国を背負った重圧感と重なってしまう。体育会系という言葉があるが、日本人のスポーツ精神は、ともすればそこに繋がってしまう。そこをはみ出した者に対しての理解力が、われわれにもスポーツ・ジャーナリズムにも身につかず、いまだに体育会系の感覚で対応しようとしているように思えてならないのだ。

そして、<はみ出し者>によってブレイクしたジャンルをもてはやし、しばらくは絶賛の雨を降らせるのだが、何かあればすぐに元の体育会系的な発想に立ちかえり、糾弾して溜飲を下げる……このくり返しがいまもつづいている。<スポーツ>という言葉が、まだ国威発揚と結びついているかぎり、本当の選手=エリートは、正当な評価を受けることはないという気がするのである。

 

 

スポーツ歯学

望月岳志

第3回 トップアスリートが歯を大切にする理由

 

トップアスリートの口腔管理

スポーツ選手は、自分の口腔内の環境をどう整えているのでしょう。

歯科医師の立場で、JOCのスポーツドクターとして活躍してこられた明海大学の安井教授は、国内および国際試合の出場経験のある選手252名を対象に調査を行いました。「歯科健康診査(歯科健診)」を受けているかという質問に対し、全体の67.8%の選手が年1回以上定期的に受けていると答えました。一般人を対象にした厚生省の調査では、「ときどき歯科健診を受けたり、歯石を取ってもらう」という項目に「はい」と答えた人が17.4%ですから、トップアスリートでは、歯の健康に注意を払う人が一般人に比べはるかに多いことがわかります。

 

虫歯と運勒能力の相関関係

安井教授は、歯の痛みと試合への影響についても尋ねています。

歯の痛みで苦しんだことがある選手は67.1%、歯の痛みが試合に影響したことがあると答えたのは全体の8.7%でした。本来、100%の力が出せる状況で試合に臨みたい選手にとって、歯痛は避けたいもののひとつです。オリンピック選手を対象にした調査では、虫歯のない選手は男子で53.3%、女子で62.7%でした。厚生省の一般を対象とした調査では、25歳の男子が26.3%、女子が40.9%という結果です。これは、トップアスリートが口腔内の健康管理に気を配ってきた結果なのでしょうか? それとも逆に口腔内の健康管理を行ってきた者だけが、トップアスリートたる成績を残せたのでしょうか? いずれにしても、トップアスリートの多くは、歯の大切さを理解していると言えそうです。

小・中学生の口腔内の状況と運動能力との関係についても、興味深い調査結果があります。小学生では、懸垂、50m走、走り幅跳び、ボール投げについて成績の良いグループと悪いグループの2群に分け、未処置の虫歯の数を比べてみたところ、走り幅跳びで有意な差があり、成績の悪いグループに虫歯が多いという結果でした。中学生では、上記の種目に持久走を加えて同様の比較をしたところ、懸垂で有意な差がみられています。成人についての同様の調査は少ないのですが、陸上自衛隊で行われている体力検定(50m走、1,500m走、屈腕懸垂、走り幅とび)の結果と歯科診査の結果の比較では、1,500m走以外の種目すべてで有意な差があり、特に走り幅跳びで強い相関関係が認められました。

 

虫歯が壊す重心バランス

強い筋力を発揮するとき、人間は同時に歯を食いしばることがあります。しかし、どうして虫歯と走り幅跳びが関係するのでしょうか?

誰でもものを食べるときに、たとえば右で多く咬む、あるいは、咬むのは左だが顎を右に振ってから咬む、といった「固有の咬み癖(咀囎得意側)」があるのですが、これが身体の重心をとる機能と深く関わっているとする研究結果があります。人間は虫歯ができると、無意識のうちに歯を咬み合わせる経路や咬み合わせ自体を変化させて、痛みが出るような咬み方を避けるようになります。これが重心移動に悪影響を及ぼし、パフォーマンスを低下させるのではないか、という仮説があります。顎関節のすぐそばには、身体のバランスをつかさどる三半規管があることからも、この仮説は支持するに値すると思います。

いずれにしてもアンバランスな咬み合わせ、咬み癖が運動能力にマイナスの影響を与えるのは間違いないようで、何らかの対応をすることが望ましいと思われます。次回はその対応策のひとつ、マウスガードについてご説明します。

 

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フォートキシモト

 

(もちづき たけし)

1963年東京都生まれ、1992年明海大学歯学部卒業と同時に陸上自衛隊入隊、以降自衛隊中央病院、旭川駐屯地業務隊などで勤務、現在霞目駐屯地業務隊(仙台市)勤務。

 

驢馬の目

 

私は、どこにでもありがちな市民サークル的な匂いのする、あるスポーツ種目の小さなクラブに所属しています。

ご夫婦で会員になられている方も多いのですが、そのため、ときにはチョットした揉めごともあります。

クラブ内のある宴席でのこと、へべれけに酔ってきた男性会員Aさん。よせばいいのに他人の奥様(仮にB奥様とする)の隣に席を移し、B奥様の肩に手を回し、頬を近づけてトロンとした目をしながら話しかけ始めました。

B奥様もチョット困った顔をされておりましたが、ムッとした顔をしてこの様子を睨みつけたのは、当然のことながらB奥様のご主人でした。

これを見た男性幹事(実はこの幹事の奥様も会員なのですが)、出席していた自分の細君(仮にC細君とする)をただちに呼び寄せ、怒気を含んだ顔のB奥様のご主人の隣に座らせ、「愚妻と肩でも組みながら仲良く召し上がってください」。

B奥様のご主人、幹事の提供に怒るわけにもいかなかったのか、あるいは人妻(C細君)に魅力を感じたのか、定かではありませんが、C細君の酌を受けつつ、片一方の目で自分の女房と会員Aさんを睨みつけながら、なんとかことなきを得てお開きとなったのでした。

B奥様とC細君はさぞお困りだったと思いますが……。

 

 

 

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