日本財団 図書館


One Moment in Time

選手の眼と指導者の眼

(財)日本テニス協会理事

前デ杯・フェド杯日本チーム監督

坂井利郎

 

006-1.gif

SSF世界スポーツフォトコンテスト'98入選作品

DE WAELE TIM (BELGIUM) “Hingis Martina”

 

スポーツ選手にとって、眼はその一瞬の状況を判断する上で非常に重要な器官である。

私は全日本室内選手権に8度勝利したが、やや暗い体育館内では、その照明に眼を慣らすことに工夫した。決勝前日の夕食には、必ずうなぎを食べ、外にはできるだけ出ないように注意した。また試合中、集中力を高めるため1ポイントごとにラケットのガットに眼を落とし、決して視線をスタンドに向けないように努めたものである。スタンドに視線を向けると、余計な情景が眼に映り、集中力が乱れる場合があるからだ。勝負の流れをつかんでいる選手の眼は、キョロキョロすることなく一点に視点が定まり、勝負師の眼になっている。

絶好調の選手、油の乗り切っている選手は何か近寄りがたい雰囲気がただよい、眼に光がある。先日、NHKスペシャルでコソボの一青年兵士の特集番組を見たが、その青年の眼は生死を越えた中で戦い抜く、本当に殺気立った冷めた光を放っていた。人間の眼は、自分が置かれている環境や状況のすべてを物語っている。

99年の笑顔大賞にはダイエーホークスの王監督が選ばれたが、監督やコーチの眼の置き所は観察眼であり、先を読む眼だと思う。毎日の練習で選手のコンディション、フォームなどを見守り続け、的確なアドバイスを与える。決戦の場では選手の眼の輝きを見てベストメンバーを組み、状況に応じて選手を生かして用兵していく。その見極めのためには、自分自身の経験を昇華した中から眼力を養い、磨いていかねばならない。

私自身も指導者となって、若い選手に勝利の味を体験させたいと毎日を一緒に過ごしているが、見守り続けることの難しさを感じている。仏でいるべきか鬼になるべきか……。彼らは私の眼をいつも見ている。

海外遠征の時は、選手とともにルーブル、メトロポリタン、大英博物館へと足を運び、本物に接するように努める。そこから感じる何かを大切にしたいと思っているからだ。老眼が進む中、これからは本物を見極める審美眼、心の奥を見定める眼力を磨かねばと念じる今日この頃である。

 

 

スポーツ歯学

望月岳志

第2回 頭を支える「背骨」と「顎」

 

006-2.gif

SSF世界スポーツフォトコンテスト'95入選作品

AVENTURIER PATRICK (FRANCE) “Thai Boxing”

 

「8020運動」の科学的アプローチ?

スポーツと顎口腔領域との関連が最初に認識されたのは、おそらくボクシングです。1913年、イギリスで考案された「マウスピース」には、脳震盪の予防または軽減に役立つかもしれないというコメントがついていました。学問として、科学的な取り組みがなされるようになったのは60年代に入ってから。スポーツ歯学に関する最初の論文が米国歯科医師会雑誌に発表されたのは64年ですし、アメリカン・フットボール界で、National Alliance Football Rules Comittee (NAF)が高校、短大、大学の選手にフェイスガードとともにマウスピースの着用を義務付けたのは62年のことです。どうやらこの時期がスポーツ歯学のスタートであると考えられます。

我が国でスポーツ・パフォーマンスと歯学との関係に組織だった科学的なアプローチがされるようになったのは、90年の「スポーツ歯学研究会」の創立からです。もちろん、それ以前からこの分野に取り組んできた研究者は少なくありません。同研究会は創立以来、毎年学術大会を行い、99年には「日本スポーツ歯科医学会」と改称しました。学会では咬みあわせと筋力に関する基礎的な研究のほか、数多くのデータが寄せられています。

スポーツ歯学の対象者は、何もオリンピックに出るようなトップアスリートだけではありません。一般のスポーツ愛好者も、スポーツを全くしない人も含まれます。額口腔領域は姿勢の保持や歩行などを含む、生活に関わるありとあらゆる動作と関連しているからです。88年に厚生省が発表した「アクティブ80ヘルスプラン」の中で、80歳以上を対象に活動的な生活をしているかどうか(一人でバスに乗って買い物に行ける、自分で料理ができるなど)を調査したところ、活動的とされた方のすべてに、20本以上自分の歯が残っていたことから、「8020運動」というものが提唱されたのは記憶に新しいところです。

 

食いしばると生まれるもうひとつの固定機能

「食いしばると力が出る」という俗説のほかに、咬み合わせがスポーツに影響する可能性として、頭部の支えとの関係が挙げられます。

私たちの頭は頸椎(背骨の一部)で体幹(胴体の中心)と連結していますが、頭を自由に動かせるようにするために、完全にロックされる構造にはなっていません。このため、その支えには首周辺の筋肉が働くのですが、ここで顎が果たす役割も非常に重要です。顎の骨は舌骨(のど仏)を経て首周辺の筋肉と結ばれており、しっかりと咬むことで背骨以外のもう一つの支えとして機能するのです。歯を食いしばった状態で頭を前後左右に動かしてみて下さい。動きが硬くなるのがわかるはずです。

頭の固定はあらゆるスポーツの基本と言えます。頭の位置が定まらなければ目から入る情報を動作に正しく反映させることは出来ないからです。サッカーやバスケットボールなどのボールゲームでは素早く動きながら目標(ボール、ゴール、敵、味方)の位置を正確に把握するために、様々な姿勢で瞬時に頭部を安定させなければなりません。高度なバランス感覚が要求されるスキーや体操、体を完全に静止させて的を狙う射撃や弓道についても同様です。また、ラグビー、ボクシングなどのコンタクト系スポーツでは、頭を衝撃から守るために首の筋力トレーニングは不可欠です。

次回は虫歯とスポーツ・パフォーマンスとの関係について、具体的なデータを交えて紹介しようと思います。

 

(もちづき たけし)

1963年東京都生まれ、1992年明海大学歯学部卒業と同時に陸上自衛隊入隊、以降自衛隊中央病院、旭川駐屯地業務隊などで勤務、現在霞目駐屯地業務隊(仙台市)勤務。

 

 

驢馬の目

 

「創造的破壊」という言葉を新聞や雑誌の誌上で目にするようになった。

ミレニアムに入って旧来のシステムがいたる所で破綻しているのに、新しいシステムを構築し得ないでいる。現システムの中に組み込まれ、自動的に恩恵を受け取っている受益集団が、改革に抵抗し、ただ破綻を緩和する方策に終始している。

このダムは、遠からず水圧に耐えられず崩壊すると知りつつ、当座、多発する水漏れを止めることで、破綻を先延ばしにしているのである。

もう限界である。改革などでは間に合わない。現システムを破壊して、新しいシステムを創造しなければ、という焦りの叫びが「創造的破壊」の字面から聞こえる。

スポーツ界においても事は同様である。IOCに必要なものは改革案ではなく、創造的破壊であり、国内の諸団体においてもそれなくして、この混沌は脱けられない。新しい施策を実現しようにも、受け手は従前の受益集団である。慣れた手つきで施策を解体し、利益を分配してしまい、いったに何が新しかったのか、目的も理念も霧消してしまう。

あまりに量的生長を是とするシステムに慣れ親しんできたゆえに、、二十一世紀半ばの世界のイメージを誰も描けていない。

新しいイメージを得られなければ「創造的破壊」も叫びだけで終わるだろう。今、急がなければならないのは、この作業である。まずは創造、これができれば適応のスピードは速められる。そうなれば破壊はそう難しくはない。SSFは次の白書の制作に取りかかる。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION