下層では、中央の深みにそって流入しているのに対し、上層では時計回りの循環が発達している。湾奥部では西側では北に向かい、湾奥の海岸線に沿って右に向かい、東岸の常滑から知多半島に沿った強い南下流となっている。この流れは、常滑沖から北上し湾奥部に向かう下層の流れとは、逆のセンスである。
また図15は、湾中西部上層(津沖)にもう一つの時計回りの循環があることを示している。このため津沖では、岸に沿って北上する流れとなっている。この循環流は他の多くの調査でも表れており、時期により規模の変動はあるものの、かなり安定して存在しているらしい。これの成因について杉山ら(1998)は、雲出川・櫛田川などの湾の南西部に位置する河川からの淡水流入の影響を指摘している。
次に、上層水の上に薄く広がる河川水の行方について述べる。湾奥に注ぐ河川水は、先に示した上層水のさらに上に、厚さ0.5〜1mで薄く広がる。この河川水の広がりは河川プルームとよばれる。湾奥に河川水の流入する矩形湾における流れを理論的に求めた結果を図16に示す。上層の流れ(黒矢印)は時計回りの循環流と水平発散流が重なるため、黒丸を淀み点として、これより奥では時計回りの循環、外では流出となっている。いずれの横断面においても右側の流出が強い。
この図に示した特色は、伊勢湾のみならず、大阪湾や東京湾でも共通している。湾奥の時計回り循環流は、大阪湾では西宮沖環流であり、東京湾では湾奥部の時計回りの循環流と千葉県側の強い南下流となって現れている。この南下流は、伊勢湾では、常滑沖の南下流(図15)に対応する。
河川プルーム(白矢印)は上層の上に薄く広がっているので、河川流量の小さいときには上層の流れの影響を受け、右に偏向する(図16の白矢印b)。一方、河川流量の大きなときには、上層との摩擦は無視できるようになり、流出後、コリオリ力(地球自転の効果)を受けて右に曲がる(図16の白矢印a)。
図17に、このような出水時の河川水の広がりを人工衛星写真で示す。木曽三川から流出した濁水が白っぽく写っており、これは流入後すぐに弧を描いて右に曲がり四日市へと向かっている。河川プルームの底面(上層の上面に接している)が上層の流れに引かれて、常滑沖に向かって薄い濁りの帯として延びているのも観察される。
流れと水質・生態系の関係
エスチュアリー循環流と内湾の水質や生態系の関連については藤原(1997)、藤原ら(1999)に示した。夏季の伊勢湾の流れと一次生産の関係を模式的に示す(図18)。湾奥上層には河川から豊富な栄養塩が流れ込み、一次生産も盛んで植物プランクトンの濃密な水塊となっている。湾中央部の下層には、上層から降ってきた有機物が無機化してできた栄養塩が豊富にあるが、光がないため、この場所では一次生産に使われることがない。一方、光の豊富な上層では、植物プランクトンが栄養を吸収して光合成に使うため、栄養塩は枯渇した状態となっている。
エスチュアリー循環流は、下層に豊富にある栄養塩を光の豊富な上層に運び、一次生産を維持する重要な役割をしている。