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--対談--

小栗克裕君と

野田 暉行

野田:君のことは前に一度、日本交響楽振興財団のプログラムに書いてしまったので、今回は趣向を変えようという提案をしたわけです。それにしても、プログラムに師匠がいちいち一文を書かなきゃいけない理由はよくわからないけれども、まあそれはともかく、今回はおめでとう。これは、最近始まった、財団が作曲賞受賞者に作品委嘱をするという画期的な制度の該当第1号で、意義深いものだけれども、実は君に決める時かなり反対もあったんだよね。必ずしも入賞作品に審査員が全面的に共感したわけではなく、決定に当たって、腰を据えて君の最もよい作品を書いてもらいたいという審査員の気持ちを、僕か君に伝えるということになっていたんだ。それは果たせそうかい?

小栗:はい、そのつもりです。もう少しで終わるところですが。

野田:もう随分長い付き合いだけど、今年いくつになるんだっけ?

小栗:36歳です。

野田:高校の時、松村さんの紹介で僕のところに来たんだよね。その頃は与えられる宿題を次々にこなしてとても意欲的だった。もう20年も前になるのか…芸大に入ってからも、もちろん意欲的でいろいろ作品を書いて米たんだけれども、たしか管弦楽曲のタイトルにギリシャの風の神の名前を付けてシリーズにしてたよね。まあタイトルなんてどうでもいいといえばそれまでだけれど、どうも僕にはあのタイトルは何となく胡散臭いんだナ。手法的内容的な言い訳けに聞こえるんだよね。もちろん「書く」ことの一つの取っかかり、意欲のきっかけになったことはよくわかる。ただ、どうもあの曲で、君が、音楽の細やかな襞というか、あるものを見失ってしまったような気がするんだ。高校時代から持ち続けてきた意欲とそれは一寸違うよね。振り返ってみてどう思う?

小栗:あの頃はワグナーの音楽に影響を受けていた時期でした。その中で、今までの自分の息の短い楽想を、もっとスケールの大きい音楽に発展させたいという意識か高まり、そういった願望をかなえる格好のテーマがギリシャ神話だったのですが、5曲の連作を書くうちに、響きが一元的なものになってしまい、そこから抜け出せなくなってしまったのだと感じます。また、管弦楽の大音響に酔いしれてしまった感もあります。

野田:そう、まあある流行のようなものが学生諸君の中にはあって、管弦楽というとどういう訳か面的に、それも一面、やたらとスコアを書き込むという傾向があるんだよね。その結果オーケストラの奥行きがだんだん狭くなっていってしまう。それにいつ気付くかなんだけれども、結局「風の神シリーズ」は何かを失ったままになってしまったね。もちろん先への大事なステップだったかもしれない。それが今問われているといってもよいのだけれど、審査員の批判はあったとはいえ、僕はこの間の作品-タイトルは何でしたっけ?

小栗:「ディストラクション」です。

野田:うん、あの曲には、少しそれを抜け出して新しい方向に向おうとする兆しがあるように思った。今までの君の作品で一番充実していると思う。もちろん、またかというところもありますよ(笑)。今度の曲がそれをどう解決しているか楽しみにしているよ。

ところで、ずいぶん田舎の方へ引っ越してしまったけれど、何か感ずるところでもあったの。

小栗:はい。どうも性格的に雑音がある場所だと音に集中できないので。

自分を自分でコントロールするということがどうも苦手で…しかし今では、音に対する時間というものが持てるようになり、一つの作品が書き終るとすぐ他の作品か書きたくなりますし、また、じっくりと音にたいして考える時間もできました。

野田:それはたいへんいいことだね。ただ本来は、作曲はどこででもできるべきものかもしれない。どんなところでも悦びさえ見いだせればね。池内友次郎先生がよくそう言っておられた。全てのものが一体でみんな音楽なのだし、生活そのものが音楽なのだから。

とはいえ、個人的な事情もあるから、環境については一概には言えない面もあるよね。特にこの時代では。

以前住んでいた場所が音楽を集中度の低いものにしていた、ということなのかナ(笑)。

小栗:そうだと思います(笑)。

野田:まあ、世の中の全体的様相そのものが音への集中力を欠いているよね。誰もが自分を見失っている。だから他人も見えない。作曲する者は、そんな中で、つい自分への鑑賞者になろうとする。でもそれは最も忌むべきことだ。自分を見つめ客観視することと鑑賞することとは違う。いつかも言ったかもしれないけれど、やはり今、このことを最も君に言いたいと思う。

(1999.1.記)

 

 

 

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