PROGRAMME NOTES
沼野雄司
パッヘルベル:3声のカノンとジーグ ニ長調
1653年生まれのヨハン・パッヘルベル(1653-1706)は、バロック期のオルガン音楽に大きな足跡を残した作曲家の一人だが、なんといっても、この「カノン」によって広く一般に名を知られている。曲のつくりは単純で、階名読みで「ドソラミファドファソ」という8音からなるオスティナートが28回繰り返される上で、3声の華やかなカノンが展開されていくというもの。こうした構造を厳格に守りながらも、決して聴き手を飽きさせないあたりに、作曲者の非凡な技術とセンスがうかがえよう。また、軽やかな小曲の「ジーグ」は、カノンの後に爽やかな余韻を添える。
ベリオ:デュエッティ(6番、24番、29番、34番、33番、8番)(1979-83)
ベリオの作品を追っていくと、シリアスな管弦楽作品や室内楽作品に混じって、時に遊び心に溢れた、軽やかな雰囲気のものに出会う。2本のヴァイオリンによる《デュエッティ》(1979-83)も、そのひとつである。というのも、この曲集はヴァイオリンの教本としても使えるような配慮がなされており、全体を通して、演奏か非常に容易なものから、かなり困難なものまでがバランスよく含まれているのである(楽譜上では、易しい曲や易しいパートは大きな音符で印刷されており、初級者が一目で選びやすいようになっている)。ただし、もちろん「教育用」という範疇だけにおさまる作品では決してなく、ベリオと関係浅からぬ作曲家や音楽関係者の名がタイトルに付された34の小曲には、彼が培ってきた音楽上のアイディアのほとんど全てが詰まっているといっても過言ではない。本日はこの中から、6曲が演奏される。
第6曲「ブルーノ(マデルナ)」は重音奏法によるワルツ伴奏の上で、民俗音楽風の旋律が奏でられる。基本的にはト短調だが、中間部分では巧みに無調を遊泳する。第24曲「アルド(ベニーチ)」は、第2パートが大きな音符で書かれた、ニ長調の優しい子守歌。第29曲「アルフレッド(シュレー)」は、d音(レ)の執拗な反復を基調にした楽曲で、今回演奏される中では、最も堅い響きを持つ。第34曲「レレ(ダミーコ)」は、フリギア旋法を中心にした穏やかな小曲。ハーモニクスが高い効果を挙げている。第33曲「口リン(マゼール)」は、アルコ、ピツィカート、スル・ポンティチェロ、コル・レーニョ、ハーモニクスといった多彩な奏法が、2分ほどの中で一通り現れる。第8曲「ペッピーノ(ディ・ジーニョ)」は、第2ヴァイオリンによる簡素な伴奏の上で、旋律がト短調とホ短調の間を揺れ動く。
ベリオ:シュマンIV〜オーボエと弦楽のための(1975)
独奏曲のための《セクエンツァ》から発展を遂げた《シュマン》シリーズの中でも、この「IV」は、とりわけ成功した例の一つであろう。
原曲となった、オーボエのための《セクエンツァVII》(1969)は、五線中央のh音(シ)の反復が徐々に幅広い音域に拡散していくという構成を持っていた。この旋律は、一見すると不規則で複雑な動きをとるものの、常に中央のh音へと回帰を果たすところに大きな特徴がある。こうした、完全な無調を用いながらも、中心になる音をはっきりと定めて聴覚上のポイントを確保する方法は、ベリオが好んで用いるものと言える(こうしたところに、彼の音楽の「分かりやすさ」の秘密が潜んでいるように思う)。
原曲の6年後に書かれた《シュマンIV》は、指揮者と独奏者を取り囲むように配置された11人の弦楽器奏者が、オーボエによって放たれた音(基本的には《セクエンツァ〜VII》と同一)をすかさず捉えて反復し、増殖させていくという趣向の作品。