この通過通航制度の場合と、わが国がとることにした特定海域の制度の場合について、わが国の安全上の観点から比較した海上自衛隊幹部学校国際法研究室長・安保一佐の研究によると、概略次の通りである。
まず第一に、通過通航制度の海峡では、わが国の安全に係わる事象が生起しても、外国船舶の通航を停止することが出来ない。一方、特定海域では、外国船舶は中央部の排他的経済水域・接続水域を自由に航行できるが、国の安全維持上必要な場合には、領海部分での外国船舶の通航を禁止することが出来る。
第二に、通過通航制度では、海峡の全幅でつまり沿岸すれすれで外国の軍艦が艦載機や装備機器の発着を実施し、また、外国の潜水艦が潜没航行することも適法とされる。そうした外国軍艦が何らかの危害を加えようとしていた場合、事前に防止のための措置をとることが出来ない可能性がある。他方、特定海域の領海部分では、航空機や軍事機器の発着等無害でない活動を行う外国軍艦・潜没潜水艦に対し、退去させる等の措置がとれる。
第三に、通過通航制度では、外国軍用機が海峡内の領空を飛行し、領土上空間近に近接しても適法とされる。つまり、外国軍用機が領土上空に侵入するまで何の強制措置もとれないのである。他方、特定海域では、沿岸部の領海上空に外国軍用機が侵入することは違法であり、領土上空に侵入する前に対領空侵犯措置がとれることになる。
第四に、通過通航制度では、海峡沿岸国は外国船舶の通航を妨害するような行為をとれない。また、外国商船に対する法令の施行も限られている。他方、特定海域の場合は、領海内に所在する外国商船の無害性が疑わしければ、停船させ、立入検査を実施することが出来る。また、外国船舶の行為が明らかに無害でなければ、退去させることが出来、国内法令に違反している商船には拿捕などの措置がとれる。
以上の諸点を考慮し、海峡沿岸国であるわが国の立場からみると、国連海洋法条約が新設した国際海峡の通過通航制度は、安全保障上問題があると考えられる。条約批准時の領海法改正において、5海峡を領海幅3海里のままとし、中央部に排他的経済水域・接続水域を残した国際海峡としたことは、適切な選択であったと言える。更に、従来の領海法と違い「直線基線」の採用に踏み切ったことによって、領海線の凹凸が極めて少なくなり、整形されて明確になったこと、自由航行(飛行)可能な水域が以前より狭く、限定されたため、領海(領空)警備上大きく改善されている。例えば、津軽海峡の水域区分は別図の通りである。(27頁第4図)
以上のように、全般的には特定海域が有利であるが、個々の特定海域の線引きには改善すべき点もあり、今後の推移を検証しつつ、注目をしていく必要があると考える。