「養殖」のもう一つの問題点は餌である。畜産にも餌問題はあるが、水産の場合はもっと厄介である。魚介類はサケのような植食動物もいるが、大部分は肉食動物である。それも生きた肉を要求する非常に贅沢な生き物である。
ウナギでもハマチでも、生産するのにはイワシを餌として与えなければならない。8キロのイワシをやって1キロのハマチやウナギが生産されるといわれる。飼料効率は畜産と同じ構造である。しかし、畜産の飼料は大部分が植物なのに対して、「養殖」が要求する餌は動物である。
イワシが下級な魚かどうかは別として、少なくとも市場価値としては低いから、低価格の蛋白質を、ハマチなどの市場価値の高い蛋白質に変換するのが「養殖」であるということになる。「養殖」ではイワシなどを餌用として集めてくるのが大変な作業になる。それが最近のようにイワシが次第に不漁になってくると、餌問題で「養殖」は行き詰まってしまう。
日本で最初に養殖の対象になったのは車エビであるが、これは廃棄された塩田の利用から始まった。車エビは生きた貝しか食べないので、毎朝近くの沿岸から貝を集めることが重要な日課であった。
もう一つの問題は塩田の酸素不足であった。毎日海水を海から引き入れるのだが、その作業も大変である。そこで、塩田に小型の水車を取り付け、塩田に空気を入れる工夫がなされた。いまではウナギなど、他の養殖でも見かける風景だが、これは車エビで開発されたようである。この方式で東南アジア、その他でもエビの養殖をやっている。
養殖の餌でさらに困ることは、養殖魚貝類が生餌でないと食べないということである。たとえばヘリコプターの上から餌を落とすと、落ちていく餌は動くから、活きているとみて食べる。ところが、一旦、底に落ちてしまった餌は食べない。そうすると、それらが累積して腐敗するから、一種の公害問題になる。日本近海で養殖をやっているところは、そういう意味で汚染した状態になっている。
10. 栽培漁業の限界
本格的な「リサイクリング・システム」はむしろ「栽培漁業」で採用されている。これは農業や畜産に近い漁業である。「栽培漁業」というより「海洋牧場」といった方がイメージは湧くかもしれない。稚魚を孵化して放流する一方で、海の環境を整える。古い船を沈めたり、ブロックを沈めたりして、魚の住みやすい漁礁を作ってやる。規則的に餌を補給してやる。こうやって、一種の放牧のような形で、広い海で魚介類を育成、使用していけば、水産資源が維持され、増産されていくということが期待されている。
しかし、魚種によっては困難が伴う。マグロのような回遊性の魚を栽培漁業でやると、世界中を相手にしなければならない。マグロはエラ呼吸ができないから、海を突っ走ることによって海水をエラに入れ、それで酸素を取っている。止まったら死んでしまう。そういう魚種をある一定のところに囲って、飼育することは困難な問題である。それでもマグロの養殖は始まっている。