その意味で市場指向型政策が国内農林水産業を活性化し、世界の食糧需給関係を改善することは期待できる。
したがって、世界規模での「食糧の安全保障」を実施する前提としては、「安全保障論」の常識に反して「市場原理」を地球レベルで徹底していくことである。これによって食糧の種類別過不足の状態や各国の需給関係が明瞭になり、食糧増産のために有限な資源をいかに適正に配分するかの方針が決まる。
21世紀初頭の日本についても、経済はかつてのような高度経済成長は望めないし、人口の高齢化は一段と進行する。そこでは失業手当や年金の実質価値が重要視されるから、安心できる社会をつくるためには、毎日消費する食料の価格が安いことが必要である。食べ物さえ安ければ失業手当や年金だけで最低生活は賄える。
したがって、これからの「食糧の安全保障」の一つの目標は国民に安い食糧を提供することである。その意味でも「市場原理」の徹底は日本においても不可避である。農林水産業の保護も「市場原理」を前提にして考えられなければならない。かなりの部分を価格上昇に依存してきた従来の方式は改められなければならない。
しかし、「市場原理」が万能というのではない。現在の国際社会は国益優先の国家群の集合体にすぎないから、「市場原理」が単独で有効に機能するとは思われない。また、人口や技術のような超長期の時間変化に「市場原理」が十分に対応できるとも思われない。それらの欠陥を食糧需給面について地球レベルで矯正し、「市場原理」をその方向で効率よく機能するよう誘導していくところに「食糧の安全保障」の本来の役割がある。
「家族計画」は「市場原理」を越えた次元で地道に推進されなくてはならない。また、食糧輸送は重油を焚いて海洋汚染を促進するから、人口を地域別資源に合わせて適正に配置することの方が究極は食糧貿易より望ましいだろう。このような人口政策は「市場原理」の次元を超えている。
食糧需給が破綻した場合、「食糧援助」が必要だが、これはその国の自助努力を失わせ、また援助物資が必ずしも困窮者に届かない恨みがある。そのため緊急の場合を除き、「市場原理」で供給増加を図る考え方が支配的だ。しかし、その国の分配構造の改革は「市場原理」を越えたところで進めざるをえない。
「ハイテク農業」は「資源問題」と「環境問題」とを克服しながら展開されねばならないから、開発に時間がかかる。これらは超長期的課題であるから、「市場原理」を越えた次元で検討される必要がある。別ないい方をすれば、適正な技術開発を誘導する方向に「市場原理」を利用することが肝心である。
7. 食糧流通の世界管理
食糧は人口や技術ばかりでなく、流通面でも「食糧の世界管理」という観点が必要である。世界の地域別穀物需給関係の予想では、21世紀前半に世界の食糧需給をバランスさせるためには、大量の穀物が先進地域およびラテン・アメリカから開発途上地域へ輸送されねばならない。穀類貿易は現在1億トンぐらいだが、将来は約2億トンになる。