だから、その限りでは、人口が30年に6割増えても、生活水準が少しぐらい上がっても、問題にならないという議論になるわけです。
ところが、問題はそういうふうに機械的な延長が可能かどうかということです。アメリカ農務省(USDA)やFAOは、30年で穀類生産が2倍になったのだから、60年で4倍になってもよいという楽観的立場に近いようです。はっきり言ってしまえば、穀類生産は研究開発で30年間にこれだけ伸びたのですから、これまでと同じ研究開発をこれからも続けていけば、世界の需要増加をカバーできると考えているようです。それどころか、現在約9億人近くいる飢餓人口は6億人ぐらいまで削減できるといっています。
ただ、問題はこの30年間の食糧増産は農業の工業化で伸びたという点です。19世紀までの食糧増産というのは、農地を拡大して食糧を増加してきました。ところが、アメリカでもカリフォルニアまで開発が進んで、これ以上フロンティアはないということになると、どうやって増産するかが問題になります。世界の農地面積はもう限界にきたのですから、食糧増産に残された道は反収を上げることしかありません。では、反収を上げるにはどうしたらよいでしょうか。それには肥料をたくさん投下すればいいのではないかという考え方が出てきました。
しかし、そこには一つの「悪循環」があります。その当時の肥料というのは、いまでいう有機質肥料です。有機質肥料は何かというと、農場廃棄物です。家畜の糞尿とか麦藁や稲藁とか、そういったものです。ですから、農産物を増産しなければ有機質肥料は増えません。しかし、有機質肥料を増やさないと農産物は増産しません。これは一つの「悪循環」です。これをたち切らないことには、問題は解決しません。そこで出てきたのが化学肥料です。当時すでに主要な植物栄養素は窒素、燐酸、カリであることが分かっておりましたし、空中窒素の固定技術などが開発されていました。結局、農場廃棄物と関係のない無機質肥料を作り、それを投下すれば、食糧は増産できるという着想をもちました。
しかし、肥料だけでは食糧増産できません。大量の肥料を吸収して結実するだけの能力を持った品種がなければいけません。いわゆる高収量品種がなければ、化学肥料だけで食糧増産はできません。ところが、それまでの品種改良というのは、まったく行きあたりばったりで、たまたま優良品種に出会ったから、それを増やしていこうという出たとこ勝負のようなものでした。しかし、それでは増加する人口を養うには間に合う保証がない。もっとシステマティックな開発の方法が必要です。そこで着眼されたのが生物の雑種強勢という性質です。違う種類の両親を掛け合わせると、両親のいいところをとって優良品種ができます。この優性遺伝を利用してできたのが「ハイブリッド」(雑種交配)の技術です。
これで最も有名なのは、ハイブリッドコーンです。50年間に反収が5倍になったといいます。ただ、ハイブリッドの技術を達成させるためには、肥料をたくさんやるものですから、深耕してやらなければならない。それには人力や畜力では駄目で、機械化が必要です。それから水をたくさんやらなければいけないから、灌漑が必要です。あるいは、この高収量品種は自然淘汰を経た品種ではありませんから、病虫害に非常に弱い。これを駆除するために農薬も要ります。つまり、面積を拡大せず、反収増加で食糧を増産するためには、この方式では灌漑排水や機械化や農薬や化学肥料という、要するに工業製品を投下しなくてはなりません。